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13/14

13.約束の816号室


翌朝、時計の針が十時を少し回ったころ、梨奈と両親はチェックアウトのためフロントへ姿を見せた。


昨日までの賑やかな時間が嘘のように、ロビーには穏やかな朝の空気が流れている。


私は笑顔で三人を迎えた。


「おはようございます。昨日はごゆっくりお休みになられましたでしょうか」


すると梨奈の母は、やわらかな笑みを浮かべながら深く頭を下げた。


「おかげさまで、家族みんなでゆっくり休ませていただきました。それに、お花までご用意してくださって……本当にありがとうございました。忘れられない旅行になりました」


その言葉に、私も自然と笑みがこぼれる。


「こちらこそ、ご家族でご宿泊いただきありがとうございました。また来年も、ぜひ皆さまでお越しください」


そう言って私は、カウンターの下から一枚のカードキーを取り出した。


「それから、もしよろしければ……こちらを記念にお持ち帰りください」


差し出したのは、816号室のカードキーだった。


「お二人のご結婚記念日が八月十六日とうかがいましたので、この部屋をご用意させていただきました。旅の思い出として、お手元に残していただければ幸いです」


一瞬、三人の表情が止まる。


やがて梨奈の母は驚いたように目を見開き、小さく息をのんだ。


「そんなことまで考えてくださっていたなんて……。私たち、誰一人として気づいていませんでした」


その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。


隣で父・洋も、しみじみとカードキーを見つめながら笑う。


「来年も、またみんなでこのホテルに来たいな」


その言葉に、梨奈は静かにうなずいた。


「……うん。また家族みんなで来ようね」


そう答えた声はいつもより少しだけ小さく、どこか震えているようにも聞こえた。


彼女はそっと視線を伏せる。


私はその横顔を見て、胸の奥で静かに息をのんだ。


きっと、お父さんには気づかれたくなかったのだろう。


瞳にはこぼれそうな涙が揺れ、それでも笑顔だけは崩さないよう、懸命にこらえている。


私は何も言わず、ただ三人を見送ることにした。


自動ドアが静かに開き、夏のやわらかな陽射しが家族を包み込む。


寄り添いながら歩いていく三人の後ろ姿を見送りながら、私は心の中でそっと願った。


――来年もまた、この笑顔に会えますように。


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