14.最終章 約束の816号室
夏も終わりを告げようとしていた、九月下旬のことだった。
私のもとへ、一通の手紙が届いた。
差出人は、梨奈――。
便箋には、あの日、満室にもかかわらず宿泊を受け入れてくれたことへの感謝が、丁寧な文字で綴られていた。
そして、その続きには、胸を締めつける知らせが記されていた。
父・洋さんが、九月二十日に静かに旅立ったこと。
洋さんが八月一日に再入院した際、医師からは悪性の癌のため、「長くてもあと二か月ほどでしょう」と告げられていたという。
その事実を知った梨奈さんとお母さんは、洋さんには何も告げず、ただ一つだけ願いを胸に秘めた。
「もう一度、三人で思い出をつくりたい。」
その願いを叶えるために選んだ場所が、このホテルだったのだ。
あの日、洋さんが見せてくれた穏やかな笑顔。
家族三人で過ごした、何気ない時間。
それは、洋さんにとっても、かけがえのない最後の夏になったのだろう。
旅立つ少し前、洋さんは静かにこう言い残したという。
「また、この前のホテルに、みんなで行こうな。」
その言葉は、約束となって家族の胸に残った。
梨奈さんは手紙の最後に、こんな一文を書き添えていた。
「父は最後まで苦しかったはずなのに、その顔は、まるで安心したように微笑んでいるようでした」
私は何度も、その一文を読み返した。
きっと洋さんは、人生の最後に、愛する家族と過ごした幸せな時間を胸に抱いたまま、旅立っていったのだろう。
それから毎年八月十六日――。
京都の夜空に大文字の送り火が灯る日になると、梨奈さんとお母さんは、このホテルを訪れる。
亡き洋さんに会うために。
そして、決まって宿泊する部屋は、
816号室。
あの夏の日の思い出は、
今もその部屋で、
家族を静かに待ち続けている。




