11.大文字の夜へ
結局、レジカードには梨奈が丁寧な字で名前を書き入れた。
記帳を終えたタイミングを見計らい、私は笑顔で声を掛けた。
「本日はこのあと、ご家族で大文字の送り火をご覧になるご予定でしょうか」
すると、父親の洋さんが嬉しそうに目を細めた。
「はい。せっかく京都へ来たのですから、ぜひ家族三人で見に行こうと思っています。テレビでは何度も見ていましたが、実際に見るのは今日が初めてなんです」
その言葉には、少年のような期待がにじんでいた。
私は軽くうなずきながら案内を続けた。
「それでしたら、午後七時にホテルのマイクロバスが、大文字をご覧いただける観覧場所までお送りしております。予約制となっておりますので、三名様でお席をご用意しておきます」
「それは助かります。ありがとうございます」
洋さんは嬉しそうに頭を下げ、その隣では梨奈も母親も、これから始まる京都の夏の夜を想像しているのか、自然と笑みを浮かべていた。
私は内線電話でベルボーイを呼んだ。
ほどなくして制服姿のベルボーイがカウンターへやって来る。
私はカードキーを手渡しながら告げた。
「小池様ご家族、三名様をお部屋までご案内してください」
「かしこまりました」
ベルボーイは丁寧に一礼すると、小池様ご一家へ向き直った。
「それでは、お部屋へご案内いたします」
ご家族は笑顔でうなずき、ベルボーイの後ろについて歩き始める。
案内する客室は、最上階八階の816号室。
京都の街並みを一望できるその部屋で、この家族は結婚二十周年という特別な時間を過ごすことになる。
私はエレベーターへ向かう三人の後ろ姿を見送りながら、今夜の送り火が、このご家族にとって忘れられない思い出になりますように――と、静かに願っていた。




