10.祝福のチェックイン
その日の午後四時過ぎ。
チェックインの時間帯を迎えたフロントカウンターは、次々と到着する宿泊客で賑わいを見せていた。笑顔で応対するスタッフの声が飛び交い、ロビーには旅の始まりを感じさせる穏やかな空気が流れている。
私はフロント事務所で事務作業をしていたところ、女性スタッフが静かに声を掛けてきた。
「小池様がお見えになりました」
その一言を聞き、私はすぐにカウンターへ向かった。
そこで初めて、梨奈のご両親と顔を合わせた。
優しそうな面立ちの父親は、私の姿を見るなり何度も深々と頭を下げられ、その誠実な人柄が伝わってきた。あまりにも丁寧に頭を下げられるものだから、かえって私のほうが恐縮してしまう。
「はじめまして、小池でございます。本日はお世話になります」
穏やかな口調でそう挨拶される父親に、私は笑顔で一礼した。
「ようこそお越しくださいました。お待ちいたしておりました。そして、ご結婚二十周年、誠におめでとうございます」
その言葉に、ご主人は少し驚いたように目を丸くされた。
「えっ……ご存じだったのですか?」
私は微笑みながら答えた。
「はい。実は梨奈さんから、本日がご結婚記念日だとうかがっておりました」
その瞬間、ご夫妻は顔を見合わせ、少し照れくさそうに笑った。
「そうだったんですね。今回は皆様にいろいろとご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ありません。でも今日は、家族みんなでとても楽しみにして来ました」
「とんでもございません。本日はどうぞ、ご家族皆様でごゆっくりお過ごしくださいませ」
そう申し上げると、ご夫妻は安心したようにうなずかれた。
私はレジカードを差し出しながら尋ねた。
「それでは、ご記帳はどなたがなさいますか」
すると母親が、隣にいた梨奈へ笑いかける。
「梨奈が書いてくれる? せっかくだから、きれいな字でお願いね」
すると梨奈は、少し頬をふくらませて答えた。
「えー、お母さんが書けばいいじゃない」
親子らしい気取らないやり取りに、思わず私も笑みがこぼれる。
その様子を見ていた洋が苦笑しながら口を開いた。
「おいおい、せっかくここまで来たんだから、喧嘩はやめてくれよ。みんな見てるぞ」
その一言に、梨奈と母親は顔を見合わせると、どちらからともなく吹き出した。
穏やかな笑い声がフロントに広がる。
その光景を見ながら、私は改めて思った。
――この家族なら、きっと今日という結婚二十周年の記念日が、忘れられない一日になるだろう、と。




