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私が命賭けて守ります 2  作者: いざりり
第四章
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「これを着るの?」

ジルフィーネは肩紐だけの薄手の寝間着を見て困惑する。

「はい」

「本当はこういうのが主流なの?」

「ええ、そうです」

新婚夫婦の、という言葉をセシルは当然飲み込む。

ジルフィーネは身の回りの世話や警護の関係で、部屋を移ることになったと思い込んでいるようにセシルには見えたのだ。

そういうことには初心なジルフィーネだから、知っていておくびにも出さないよう努めているかもしれないと思ったが、この反応でセシルは下手に口を滑らせずにいた自分を一人で褒めた。

「なんだか……」

寝間着を身に付けてみれば、思っていた以上にしっとりと体のラインに馴染み、ジルフィーネは恥ずかしそうに目で訴えて来る。さすがにドロワーズがなければ怪しまれる。

セシルはそういうものだと、ウィンバルトの風習に疎いのをいいことには押し切って、早々に退散を決め込んだ。

「お疲れでしょうから、ベッドにお入りください。明日はいつもより遅く参ります」

寝室を出て行くセシルを、ジルフィーネは心許なげに見送った。

けれど、気になって寝付けない。

クローゼットから出せばいいのだと、ジルフィーネは押し込められたベッドから下りた。

部屋履きを履いて、クローゼットを開ける。

第四妃の住まいに移ったとはいえ、ここも仮の部屋で客室だ。なので、今までのところと同様に何十着か吊るせるぐらいの容量と背の低い三段棚が一つあるだけだ。だから、侍女任せにしていても、目的の物はすぐに見つけることが出来た。

そこから取り出そうとした時だった。

客室の扉が返事も確かめず、扉が開いた。

「ごめんなさい、なんだか、やっぱり……落ち着かなく……て」

言いながら、振り返って、驚く。

入って来たのはセシルではなかった。

シャツとズボンというラフな格好にガウンを羽織っているだけのディークリウドだった。

お湯を浴びた後だろう、髪はまだしっとりと湿っており、他人には見せないであろう、私的な姿にどきりと胸が高鳴る。

「……」

今夜からそういう関係になったのだと、しみじみと感動していると、ディークリウドは困ったように視線を彷徨わせた。

「えーと、お酒でも」

口にして、ジルフィーネは今の自分の姿を思い出して慌てた。

「あっ……あの、いま、上を羽織って参ります。お待ちくださいませ」

ジルフィーネは急いで寝室に飛び込む。

恥ずかしい。

いかにも……。

いかにも?

ジルフィーネは全身から火が噴き出したのではと心配になるぐらいかっと熱くなった。

そんなことが起きるわけがないと、飛び出しそうな勢いの心臓をなだめようとしたのに。

「伝わってなかったか」

ギョッと振り向くと、ディークリウドが寝室の扉のところまで来ていた。

ガウンを取るだけのつもりでいたので、扉を閉めていなかったのだ。

「え……と、つまり……その」

ジルフィーネは両腕を抱き締めながら、二歩、三歩と後退る。

自分からベッドに近付いていることは百も承知だが、相手が扉口にいる以上仕方がない。それに、そういうつもりなら……。

伝えたつもりだと言うのだから、自分の勘違いではないのだ。

セシルも明日は遅く顔を出すと言った。

この状況は間違いないはずだが、こちらの返事も聞かず婚約者だからと言っても、未婚の女性の部屋を訪れるのは倫理に反している。

いや、ただ話があるだけかもしれない。

ジルフィーネはそれ以上口に出来なかった。自分から誘うようなことなど出来るわけがない。万が一にも違っていたら恥ずかしい。

「向こうで話でも」

「ここに用事があったのですよね」

気付けば、ジルフィーネは一瞬前の恥ずかしさも何処へやらで、自分から誘う言葉を投げ掛けていた。

ディークリウドの驚いた顔に、ジルフィーネは居たたまれなくなって布団の中に逃げ込む。

「誤解でしたか」

ジルフィーネは頭まで布団を被って訊く。

「隣りに行っても?」

ジルフィーネはこくこくと頷く。

ディークリウドが扉に鍵を掛けた。

ジルフィーネの心臓がどくんと大きく跳ねる。

ゆっくりと近づいて来る気配に合わせて、忙しなくなる鼓動を鎮めるようジルフィーネは胸を押さえた。

直後。

「ひゃあ」

ディークリウドが一気に布団を引き剥がしたのだ。

ジルフィーネが身を丸める上に、ディークリウドがぎしりとベッドを軋ませてベッドに上がって来た。

間近に視線を感じて、恥ずかしさにさらに身を縮める。

体を支えるように手をついているのに、次の行動がないのを訝って、目を開ければ、じっと見下ろしている視線と出会って固まる。

ガウンはいつに間にか脱いでいて、シャツはまだ身につけているが、何故か非常に色っぽい。いや、男性なのだからその表現は間違っていると、ジルフィーネは慌てて脳内でその言葉を削除しながら、他になにか絶妙な表現はないだろうかと、意識を違う方向に飛ばそうとするジルフィーネだった。

二十歳になろうというのに、小娘のように恥じらっている場合ではない。

「へ、へいか」

「こんなにコロコロと表情を変える人だとは思わなかったから、つい」

この状況でそんなことのために意地悪するなど。

「酷いです」

目を潤ませて訴えると、ディークリウドの手が髪を退けるように頬を包む。

近付く顔に目を瞑ると、その瞼に柔らかいものが触れる。

左右の瞼に落とされたそれは、次には待っていた唇に重ねられた。

顎を掴んだ手が唇を開けさせる。

口の中に入って来たものに隅々まで丁寧に愛撫されて、ジルフィーネは甘く蕩けるような世界に身を沈める。

ここでは力を抜いても恥も外聞もない。

だが、男の手が素肌に触れると、びくりと反応してしまう。

男の顔が離れて、ジルフィーネは慌てる。

咄嗟にシャツの袖を掴んでいた。

「やめてくれと言われても引かないぞ」

「陛下が望んでくださるなら」

「貴女はどうなのだ」

聞き返されて、ジルフィーネはぼわっと顔から火を噴く。

望んでくれるならどうぞと言っているのに、その気持ちを汲んで欲しい。

「ここへ招いたのは私です」

「そうだな……」

ディークリウドは苦い笑みを浮かべる。

ジルフィーネはこの時ようやく気が付いた。

口だけでは伝わらないことがあるのだと。

自分はディークリウドが行動で示してくれたから信じている。だが、相手も同じように受け取ってくれているかは別物だ。

「貴女が昔誰を想っていようと、いまは私だけを想ってくれるように努力しようしてくれているとは分かっている。分かってはいるが」

意味が分からず、ジルフィーネは首を傾げるが、誤解を生じさせてはいけないと、恥ずかしさを振り払って決然と言う。

「私には陛下だけです。身も心も結ばれたいと、心からそう想ったのは陛下だけです」

「タリスクで結婚しようと決めていた相手がいるのではなかったのか」

ジルフィーネはきょとんとした。

それを見て、ディークリウドも摩訶不思議な面持ちになる。

「その男を忘れられないと一度断られた記憶があるのだが」

ディークリウドの目に徐々に剣呑さが増していくと共に、ジルフィーネの背中を冷たい嫌な水が伝う。

「お許しください。その方さえ良ければ結婚するつもりでしたが……陛下に対するものとは違います。結婚ありきだったのです」

謝って済むことではない。

どうしよう。

ジルフィーネの顔は真っ青だ。

「あの時は私のことなど忘れて欲しいと思って」

必死だったのだ。

今はその言葉を撤回するのに必死になっている様子を見て、ディークリウドはジルフィーネの目尻から落ちる涙を拭う。

「貴女は自分の心をいとも簡単に殺す」

「お許しください、陛下」

溢れ出す涙を何度も拭ってくれる手に、ジルフィーネは手を添える。

「私が恋をしたのも、自分から結婚を望んだのも、陛下お一人です。たとえ、婚約を破棄されても」

「誰が破棄などすると」

ディークリウドは大仰に嘆息する。

「酷い女だと思われたのでは」

「自分が欲しいと望んで、貴女の心もそうだったと聞けば、嬉しいだけだろう」

そう言い諭しておいて、ディークリウドは不意にそれまでのように人の悪い笑みを浮かべる。

「これで心置きなく」

ジルフィーネの首筋に歯を立てる。

ジルフィーネは身を竦めつつも、求めるように胸にしがみ付く。

肌を吸われ舐められながら、大きな手が寝間着に襟を下ろしながら、胸に直接触れると、自分でも信じられないほどの、甘い吐息が口から出る。

ディークリウドが言ったように、その手は同じことをするが、自分が求めたものに対しては、違う恥ずかしさと甘美をもたらす。

全身の肌が男の手を求め、触れて欲しいと願っている。

「あっ」

ジルフィーネは足の付け根に入り込んだ男の手を反射的に掴んでしまった。

それが恥ずかしさのためでないことは、ジルフィーネの愕然とした様子で分かったディークリウドは、被せていた体を隣に転がして、腕の中に抱き寄せた。

「嫌ではないのです」

ジルフィーネは自分のその行為が、相手にそこまでのことをされたのだと教えてしまったことに、体の芯から震え上がった。

「急ぐことはない。ゆっくり慣れればいい。ここ最近緊張でゆっくり寝れていないだろう。こうしてまったり過ごすのもいいだろう」

頭頂部にキスをしてくれる男の優しさと心遣いに、ジルフィーネは体の強張りを解いていった。

「恥ずかしい……のです」

牢獄でされたようなことを、ディークリウドもするのかと思ったら、されたくないと強く願ってしまったのだ。後先考えず手が先に出てしまったことを、悔やんでも悔やみきれない。

「私も急ぎ過ぎた。貴女が全身で私が欲しいと言ってくれるまで粘ろう」

と言ってやると、腕の中の体が小さくなって狼狽えて、ディークリウドは満足げに笑む。

「大丈夫だ。忘れさせてやる」

ジルフィーネはやっとディークリウドがあの行為に、恥ずかしいという思い以上のものを感じ取っていたのだと知った。知って、あの『嫌だ』という思いに拒絶が含まれていたのか、自分の体に問い掛けてみるが、ジルフィーネは明確な答えが出せなかった。

けれど、ディークリウドは諦めないと言ってくれる。

自分の身に起きたこと、自分がしでかした愚かな行為ですら、ディークリウドは受け入れてくれている。だから、彼に任せておけば良いのだと、ジルフィーネは男の胸に擦り寄った。

すぐに聞こえた安らかな寝息に、ディークリウドはなにものからも守ると決意を新たに固めた。

今は力で抑えつけているに過ぎない。

そのしわ寄せが来るのは、確実に自分ではない。

予期していた恐れは、現実のものとなる。







拙い文章ですが、最後までお付き合い頂けたら嬉しいですm(_ _)m

半月のペースで投稿出来るようにします。UPした途端、すみません。ラストの数行訂正しましたm(_ _)m

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