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不定期な投稿ですみません。これからも末永くお付き合い頂けると幸いですm(_ _)m
「メリスリッテさま」
助けを求めて、困った目を時折彷徨わせているのを確認して、ジルフィーネが彼女を取り囲む若い子息たちの輪に近付いた。
「これはジルフィーネさま」
子息たちはメリスリッテと楽しく会話をしていたと思っていたが、今日の主役の一人の登場に、身を翻してジルフィーネを取り囲んだ。
「どうか、私と踊って頂けませんか」
「あら、メリスリッテさまをお誘いになっていたのではありませんか?」
「休憩したいと断られてしまいまして」
「ペイゼンの話を窺っていたところです」
「今日のドレスはこちらでは見ないデザインですが、あちらの流行ですか?」
矢継ぎ早に言われて、ジルフィーネも面食らう。
「いいえ。向こうの服装などを聞いた仕立て屋がデザインしてくれたものですわ」
「とてもお似合いです」
「ジルフィーネさまのご容姿にぴったりですね」
「仕立て屋が喜んでくれますわ。ありがとうございます」
ジルフィーネは優雅に微笑んでから、すかさずメリスリッテと話があるのでと、彼女をその場から連れ出す。
「余計なお世話でしたか?」
「え」
「困っているように見えたので。私の見間違いなら申し訳ありません」
「え、いいえ。助かりましたわ」
メリスリッテは目を瞬いて、エスコートするように隣を歩くジルフィーネを見つめた。
「でも、どうして」
「お願いしたいことがあったのです。だから、今夜お会い出来るのを楽しみにしていたのです」
「私にお願い?」
「ええ。これから結婚式まではゆっくり出来そうなので、身の回りの物を揃えに、買い物にご一緒して貰えたらと思って。お時間がなければ諦めますが」
「でも、私でいいんですか?」
メリスリッテはこれまでジルフィーネにそんな風に思って貰えるほど優しくした覚えはなかったことを自覚しているから面食らう。
「こちらで気心知れているのはメリスリッテさまだけですもの」
「私がしたことをご存知ありませんか」
「関係ありませんわ。メリスリッテさまといると落ち着けるのですもの」
「……」
ジルフィーネの屈託のない笑顔に、メリスリッテはじわりと視界がにじむのを感じた。
この人には敵わないと、強張らせていた心がじんわりとほぐれていった。
本当は分かっていた。
でも受け入れたら負けたようで悔しかっただけだ。
初めて会った時の自分がいかに最低だったか自覚しているから。そんな自分をジルフィーネはなんでもないことのように受け入れてくれたから、自分がいかに器の小さい人間か突き付けられているようで、側にいたくなかった。
なのに、なにを言っても平然として、逆にこちらを心底心配してくれていることが、いつの間にか嬉しくさえ感じていた。
それを認めたくなくて反発していたのがもう完敗だ。
「メリスリッテさま。私たちもご一緒させて頂いてもよろしいかしら」
「ええ。今宵はありがとうございます」
声を掛けてきた令嬢にジルフィーネはにこやかな笑顔で受けた。
ホールの端は踊らずに異性と会話を楽しんでいる者が大半だったが、歩み寄って来た彼女たちはずっとジルフィーネだけを目で追っていたグループの一つだった。
二つはそれぞれ独身の公爵令嬢とその取り巻きで、後はその取り巻きのさらに取り巻きだと、アリューシャとベアリクスに聞いていた。幸い、彼女たちは一つ所から動かずにいてくれたから、ジルフィーネはメリスリッテの様子を見つつ、そちらにも目を配っていた。
「まだきちんとお名前を把握出来ていませんので失礼します」
「構わないわよ」
威丈高に答えるのは、王女といった風格さえ滲ませる令嬢だった。
メリスリッテがトルフウォール公爵令嬢エレアリアだと紹介した。
「お祝いの品は気に入って頂けましたかしら」
「申し訳ありません。陛下が一手に引き受けられておりまして、まだ見ていないのです」
「なんですって」
「婚約祝いというのに、差し出した相手も知らず」
「そこまでになさいませ。これは陛下がお決めになったこと。不満を口になされば、それはすべて陛下に対するものと心得られた方がよろしいですわ」
取り巻きの怒りをジルフィーネは冷静に打ち払う。
「田舎者風情が」
「それを選んだのも陛下です」
ジルフィーネはしれっと答える。
メリスリッテは内心で頭を抱えた。ジルフィーネは見た目通りのおしとやかな女性ではないことはあの旅で嫌という程見て来ている。
そもそも大軍相手に一人で立ち向かう心臓の持ち主だ。
彼女たちはそれを知らされていないのだろうかと、メリスリッテは逆に哀れに思う。
「言うに事欠いてすべての責任を陛下に押し付けるつもり?」
「とんでもございませんわ。婚約者として、妃として、陛下とこの国のために尽力するつもりでおりますわ」
「白々しい」
「この国を」
「黙りなさい。この女の思う壺なのが分からないの。本当に大人しい顔をして、とんだ女狐だこと」
怒り収まらぬ取り巻きを連れて、エレアリアはさっさとその場を離れて行った。
「トルフウォール公爵と言うと、メルヴィスさまを指示されていた方ですよね。流石ですわね」
「流石なのはジルフィーネさまですわ」
「遅ればせながらですが」
ジルフィーネはこそりとメリスリッテに耳打ちするように言う。彼女だけを特別扱いしたと知れては後々の災いにもなり兼ねない。
「メリスリッテさまのお品物は先に見させて頂いてますわ。素敵なレターセットとペンの数々ありがとうございました」
「陛下がすでにご用意なさっているかもと思って、邪魔にならない物をと考えたのですが」
「早速使わせて貰ってますわ」
ダンスをしている者たちの邪魔にならないよう歩いていれば、自ずとホールの端を選ばざるを得ず、またぞろ険しい顔の令嬢たちに捕まることになる。
「メリスリッテさま、ごめんなさい」
「ミルゲンリーテ伯爵令嬢のファミーラさまですわ」
こんなことに巻き込んで申し訳ないと言う意味だったのを理解して、それには小さく首を横に振って見せておいて、メリスリッテは相手の女性を紹介した。
「見掛けないデザインですわね」
ジルフィーネは顔色も変えず、先ほどメリスリッテを囲んでいた子息たちに答えたものと同じ台詞を口にする。
「もうタリスクの文化を持ち込んでいらっしゃるの、恐ろしい」
「陛下は新しい文化を吸収しようとする仕立て屋の心意気を買っておいでになりましたわ。それにタリスクのデザインかもしれませんが、ペイルゼンは我が国の領土の一部になったのですから」
「我が国ですって、他国の」
「陛下のお母上も他国の方ですわ」
「あの方は国王のご令嬢よ。貴女とは天と地との差があるわ」
「差があるのは認めておりますわ。けれど、この国のために尽力するつもりだという思いは同じでしてよ」
「貴女になにが出来るって言うのかしら」
「あら。ウィルストゥール伯爵領のことをご存知ありませんの。あの方の罪を暴かれたのはジルフィーネさまですわ」
「たかだか伯爵の罪を暴いたぐらいで」
「伯爵の犯した罪がいかようなものか存じて言ってますの?」
「貴女にとやかく言われる筋合いではありませんわ」
ジルフィーネは話す価値もないと、失礼と立ち去ろうとした。
「待ちなさい」
ファミーラがジルフィーネの腕を掴んで引き留めるが、怒りのあまり叫んだ声は楽隊の奏でる音の中でさえ、はっきりと響き渡った。
踊っていた者たちもつい足を止めて、ファミーラは慌ててジルフィーネの腕を離したが遅かった。
ファミーラの声を聞いていなくても、側でダンスを急に止めた者があれば理由を知ろうとする。談笑を楽しんでいた者たちも空気の異変に、理由を探そうとする。
いつの間にか楽隊までもが演奏を止めていた。
注目を集めてしまったファミーラは逃げる隙を失った。
「なにごとか」
その声に傍目にも分かるほど青ざめ、体を小刻みに震わせた。
メリスリッテがやって来たディークリウドに子細を打ち明け用としたのを、ジルフィーネが止めた。
その意味を取り違えた取り巻きの娘が言う。
「その方がウィルストゥール伯爵の罪を暴いたのがご自身だと胸を張られるので」
「ジルフィーネの功績だ。彼女によって、元ウィルストゥール伯爵領の民は救われたのだ。それもまだペイルゼンの一市民でしかない身ながら、民の困窮を目の前にして、見て見ぬ振りなど出来ぬと調査してくれた。妃に相応しい心根ではないか」
淡々と事実を述べるだけのディークリウドに、ファミーラとその取り巻き三人は声を失くした。
明らかに自分たちが分が悪い。
「陛下」
慌てた声が飛び込んで来て、ディークリウドの前に跪き頭を垂れる。
「娘の教育が至らず申し訳ありません。すぐに」
「教育など必要ない」
ディークリウドの声はまさに地獄の沙汰のような響きを持って、ホール中の者の心臓を凍りつかせた。
「お前たちは戦の非情さを知らな過ぎる。教育と言っても、文字を追うばかりでは、どれだけ残酷なものか知りようもあるまい」
ディークリウドがなにを言わんとしているのか!貴族たちは戦々恐々と次の言葉を待った。
「令嬢だからと容赦はしない。貴族だからこそ、その身を以て味わって来い。ミルゲンリーテ伯爵ファミーラ。あとは略す。マリータ、スーザン、ローザニア、エレアリア」
「え」
その名にホール中がざわついた。
「陛下、娘がなにかしでかしましたか」
トルフウォール公爵も慌てて人垣を掻き分けてやって来て、ミルゲンリーテ伯爵の横に並んだ。
「では、さらに略す。独身令嬢及び子息たちは、ウィルストゥール伯爵領に赴き、貧困に喘ぐ民のために尽力を尽くして来い」
「何故、公爵家からも」
「貴族の上に立つ者が率先して取り組まなくてどうする」
「娘たちになにをしろと仰せでしょう」
「それを私に問うのか」
「陛下。即位なされたばかりで陛下がなにをなされたいのかを知らされていないはずです」
ジルフィーネが思い切って口を挟めば、ディークリウドも然もありなんと頷く。
「お前たちは国民あってのいまその場にあると心している者がどれだけいる」
ディークリウドは美しく着飾った男女を鬱陶しそうに見渡す。
「貴族が民より偉いだと、片腹痛い。自分たちが養っているなどと奢るな。己が一人で生きてその地位にいるとでも思っているのか。使用人がいなければ、食事にもありつけない。その食料を提供している者は誰だ。彼らがいなければ、お前たちはどうやって生きる。おまえたちが金で雇った、その金はどこから生まれた金だ。おまえたちが見下している民の税金だ。その民が消えたら? 領地が奪われたら。己が足元をよく見てみるがいい」
ディークリウドの静かなる怒りにホールはシーンと静まり返る。
「ウルストゥール領は伯爵がその領主としての務めを放棄したばかりに、未だにハルスベルグの言語としている。通貨は我が国のものと変換されるべきはずが、一度も領民の手に渡ったことすらない。その上、前の通貨で税金として没収して、それを返還金として国庫に納め、国庫から出した返還金は自分の懐だ。領民は税金絞り出されるだけ絞り出され、今日食べるものさえなく、収入を得ようにも、賃金も出せない現状では尽きる一方だ」
「……」
「お前たちに課すのは、未来の国の基盤を作るためだ。ほんの先ほどまで、独身子息に限ってにしようと考えていた。未来に繋ぐ子を育てるのは男ばかりではない。それを母親になるもの者も理解していなければ国は変わらん。かの地に赴いて、民の上に立つ者として、彼の地を一つの国に見立て、民をどう活かせば良いか考えて来い。それが国の発展に繋がると心せよ。期待して、お前たちの回答を待つ」
「御意」
罰ではなく、期待されて派遣されると聞けば、皆の表情は一挙に明るくなった。
それを見て、ディークリウドは罰の悪い顔をジルフィーネに向けた。彼女が助言してくれなかったら、誤解が誤解を呼んで、こじれて行ったかもしれない。それでは父の二の舞だと気付けば、 苦いものが心を鷲掴みにする。
「いまひとつ、肝に銘じておけ。ペイルゼンは我が領地となった。その地の文化は我が国のもの。タリスクの文化だろうが、良いものは吸収する。この国の伝統であっても悪しき物は排除する。それが国を発展させる基だ。違うか」
「御意」
「では、今宵は我らの婚約を祝え」
ディークリウドはそう言い放つと、ジルフィーネに手を差し伸べた。
二人は先立ってまたホールの中心に立つ。
ランシードの指示で、楽隊が演奏を始めた。
10話で舞踏会は無事に何事もなく終わるつもりが意地悪な方々が物申したいと仰るので登場させました。




