第9話「ログ、全公開」
御前会議の広間は、あの夜と同じ場所だった。
私が婚約破棄を宣告された、あの大広間。
だが今日、私はここに被告としてではなく──証人として立っている。
列席者の中にアルベール王太子がいた。隣にソフィアの姿はない。蒼白な顔で、あの夜の華やかさは消えていた。
グレーテル宰相が壇上から宣言した。
「本日の御前会議は、メルヴィル侯爵家による国庫横領、公文書改竄、および関連する殺人教唆の件について、全証拠の提示と事実認定を行うものである」
広間がざわめいた。殺人教唆。その言葉の重さが空気を変えた。
ノエルが立ち、これまでに集めた全ての証拠を淡々と並べた。広間の空気が一つずつ重くなっていく。
そして最後に──
「証人イレーネ・アシュフォードによる、魔法記録『ログ』の公開を請求します」
私は壇上に進んだ。手が震えている。だが足は止まらなかった。
「私の魔法は、見聞きした全ての出来事を保存する『ログ』です。魔力に刻まれるため、外部からの改竄は不可能です」
広間に魔法陣が浮かんだ。ログを可視化する術式。歴史的に、記録共有の魔法は裁判や外交の場で用いられてきた。証人の記憶は時間とともに変質するが、魔法記録にはそれがない。
「公開します」
光の中に映像が浮かび上がった。
メルヴィル侯爵が書記官に「記録の修正」を指示する場面。ピエールがダニエルに茶葉を渡す場面──包みの紙の色の違いが鮮明に映る。アルベール王太子が付箋つきの報告書を読み、何も言わずに閉じる場面。ソフィアが鏡の前で涙の練習をしている場面。
広間は完全に静まり返っていた。
グレーテル宰相が立ち上がった。
「メルヴィル侯爵ガスパールによる国庫横領──認定。公文書の組織的改竄──認定。宮廷会計士ダニエル・ロウに対する殺人教唆──認定。メルヴィル侯爵家の爵位剥奪。領地の王室管理への移管」
「王太子アルベールについて。不正の報告を受けながら看過した責任は重い。執務権限を一時停止し、再教育期間を設ける」
アルベールは反論しなかった。その目は映像の中の自分を見ていた。
「イレーネ・アシュフォードの書記官解任は、正規の手続きを経ていない不当なものと認定する。即日、復職を命じる」
私は深く頭を下げた。視界が滲んだ。
◇
会議の後、廊下でアルベールとすれ違った。
「私は──お前に酷いことをした。すまなかった」
おそらく本心だった。だがそれだけでは足りないことも、彼自身が分かっているようだった。
「殿下。──次は、ご自分の目で記録を読んでください」
それだけ言って歩き去った。
廊下の先でノエルが壁に背を預けて待っていた。
「終わったな」
「ええ。──終わりました」
「これから、どうする」
「書記官に戻ります。記録を正しく残すのが、私の仕事ですから」
「なら──監察局にも、引き続き協力してもらえるか」
「もちろん」
彼が歩き出した。私もその隣を歩いた。肩が触れそうで触れない距離。
──ただ、彼の歩幅がいつもより少しだけ小さいことに、私は気づいていた。




