表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された悪役令嬢ですが、 【ログ】は全て保存してあります。 ─今から全て公開しますね。  作者: 渚月(なづき)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/10

第10話「記録の先に」


 書記官室に戻って、最初にしたことは──ダニエルの机を掃除することだった。


 誰にも使われず、そのままになっていた彼の机。インクで汚れた指の跡が、まだ引き出しの縁に残っていた。


 マリエットが花を一輪、机の上に置いた。


「ダニエル様、きっと喜んでいますよ」


「……そうね」


 窓から入る風が、花びらを揺らした。



 御前会議から一週間が経った。


 メルヴィル侯爵家は正式に爵位を剥奪され、領地は王室管理下に置かれた。侯爵領の孤児院は再開が決定し、横領された資金の返還手続きが始まっている。


 ピエールは毒殺の実行犯として有罪判決を受けた。リュシアンは自発的な証言が考慮され、爵位の返上と五年間の謹慎処分に留まった。ヴォー男爵家の借金は王室の救済措置で整理されることになった。


 ソフィアは一年間の社交界追放と社会奉仕。アルベールは執務権限停止と宰相の下での再教育。


 全てが動き始めた。だが物語にはもう一つ──予想外の結末が残されていた。


 ある日、ジルベール公爵が書記官室を訪ねてきた。


「イレーネ。一つ、伝えていなかったことがある」


 公爵の表情がいつになく柔らかかった。


「二十年前、メルヴィル家の不正に気づいて殺された書記官──あの人の名は、エドモン・グランヴィルという」


 心臓が止まりそうになった。


「グランヴィル──」


「ノエル・グランヴィルの父親だ」


 全身の血が凍った。


 ノエルが監察局で不正を追い続けてきた理由。メルヴィル家への容赦のない姿勢。証拠が揃うまで一言も発しないという信念。──それは全て、父親を殺された少年の、二十年越しの戦いだったのだ。


「ノエルが監察局に入った時から、私は協力している。感情に走らないよう、常に証拠を優先させてきた」


 涙が頬を伝った。止められなかった。


「なぜ彼は教えてくれなかったのでしょうか」


「あの男はそういう人間だ。私情が判断を曇らせることを、誰よりも恐れていた」


 公爵が静かに部屋を出ていった。


 一人になった書記官室で、私は座り込んだ。


 彼の歩幅がいつも少し小さかったこと。外套の袖がわずかに触れたこと。「よくここまで来たな」と言った時の声の柔らかさ。全ての記録が新しい意味を帯びて蘇った。


 彼もまた、記録を消された者の子だったのだ。


 ──翌日、私はノエルの執務室を訪ねた。


「あなたのお父上のこと──聞きました」


 ノエルの手が止まった。長い沈黙があった。


「……いつかは話すつもりだった」


「怒ってはいません。あなたが私情を隠した理由も分かります」


「父は──記録を残せなかった。全て消された。だから俺は、消えない記録を持つ人間と組みたかった」


「それだけですか」


 ノエルが初めて視線を逸らした。


「……それだけじゃない。多分」


 らしくない曖昧な言い方に、私は少し笑った。


「証拠が揃うまで結論を口にしない──でしたよね」


「……うるさい」


 ノエルの耳が赤くなっていた。


 私は一歩近づいた。彼の手に、自分の手を重ねた。


「私のログに、あなたの記録が一番多いこと、知っていましたか」


 彼の手が、私の手を握り返した。強く。確かに。


 何も言わなかった。記録を信じる二人に、言葉以上の証拠は要らなかった。


 書記官室に戻ると、机の上にログの記録帳が開いてあった。最初のページ。私が書記官になった日に書いた一行。


 「記録することは、未来の誰かを守ること」


 ペンを取り、その下に書き加えた。


 「そして、記録は──出会うべき人を、結びつけてくれる」


 窓の外では、宮廷の庭園に植えられた花々が風に揺れていた。ログの中に、この景色も記録される。消えない記録として、永遠に。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!

もし、この物語を少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや★評価などの形で応援をいただけますと、大変励みになります!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ