第6話「毒と証拠」
リュシアンの裏切りを知った翌日から、私は計画を変えた。
知られていること自体を、武器にする。
「ノエル。リュシアンには偽の情報を流します」
「……罠を仕掛けるのか」
「リュシアンに『宰相が動く』と伝えれば、侯爵は宰相への根回しに走るはず。その動きを記録します」
ノエルが薄く笑った。初めて見る笑い方だった。
「お前、書記官にしておくのは惜しい性格をしているな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
計画通りに動いた。リュシアンにさりげなく「宰相グレーテルが財務の調査を始めるらしい」と漏らした。嘘ではない。ただ、時期を偽った。
翌日──メルヴィル侯爵が宰相の元を訪問した。偽情報を流してから十八時間。
(リュシアン、あなたはもう完全にメルヴィル家の駒になっている)
◇
その週の終わり、ノエルから重要な報告が入った。
「ダニエルの茶葉の成分分析結果が出た。──ジギタリスの成分が検出された」
「毒殺の物証ですね。しかし誰が混入したかの証明がまだ足りない」
私はログを精査した。ダニエルが死ぬ三日前の記録に、それはあった。
「会計室にピエールが来ています。『侯爵からの差し入れ』として菓子と茶葉を届けていますが──ダニエルに渡した包みだけ、紙の色が違う」
「それだけでは弱いが、状況証拠を積み上げれば十分だ」
ノエルが手帳に書き留める。ふと、彼のペンの持ち方が目に入った。人差し指の腹でしっかり押さえる持ち方。書き慣れた人間の手だ。
「あなたも記録を大切にする人ですね」
「……監察局の人間は、記録が全てだ。証拠のない正義は、ただの暴力と同じだからな」
その言葉が深く胸に沁みた。私たちは違う道から来て、同じ場所に立っている。
「もう一つ報告があります。改竄された総額を算出しました。一万二千ディナールの横領です。三年分で、月あたり約三百三十ディナール──国立孤児院の年間運営費に匹敵します」
「孤児院の運営費と同額を、侯爵が懐に入れていたのか」
「しかもこの三年間、メルヴィル家の領地にある孤児院は二つ閉鎖されています。予算不足を理由に」
自分たちが横領した金で、子供たちの居場所が奪われていた。
「侯爵を追い詰めるには、王太子の関与が要る。アルベールが不正を知っていたかどうか」
「半年前の閣議で、私が作成した収支報告書に不審な支出項目の付箋をつけてありました。殿下はそれを見た後──報告書を閉じて、何も質問しませんでした」
「知っていて、見逃した」
「少なくとも、疑念を持つ機会はあった。それを握り潰したのは殿下自身です」
ノエルが窓の外を見た。夕暮れの光が彼の横顔を染めている。
「宰相への報告準備を始める。ログと物証と状況証拠、全てを揃える」
あと少し。あと少しで全てが揃う。
──だがその前に、一つだけ決着をつけなければならないことがあった。
リュシアンのことだ。




