第5話「幼なじみの仮面」
三日後。東の庭園の東屋に向かった。
ノエルには場所だけ伝えてある。「何かあれば、すぐに駆けつけられる距離にいる」と彼は言った。この男は言葉を飾らない代わりに、言ったことは必ず守る。
東屋には、既にジルベール公爵が座っていた。
「来たか、アシュフォード嬢」
「公爵閣下。──なぜ、私に情報を」
「本題から入るのは嫌いではない」
公爵は懐から封をした革袋を取り出した。中には七通の書類。保管庫から消えた七通だ。全てに二重封蝋の痕跡がある。
「これを……どうやって」
「メルヴィル侯爵は私を信用している。彼の書斎に出入りできる数少ない人間の一人だからな」
公爵の目が初めて穏やかになった。
「私は十年前からメルヴィル家の不正を追っている。ガスパールは直接手を下さず、常に代理人を使う。証拠を掴んでも末端を切り捨てて逃げる。だから私は、内側に入った」
「なぜ今になって」
「お前が動き始めた。監察局も動いている。──そして何より、お前にはログがある。改竄できない記録だ」
私は七通をログと照合した。全てで金額の改竄を確認。
「ダニエル・ロウの死について、何かご存じですか」
「ピエールだ。メルヴィル侯爵の執事長。茶葉にジギタリスを混入した。──ただし、状況証拠しかない」
◇
屋敷に戻り、ノエルに書類を渡した。
「オーギュスト公爵が内偵者、か。──裏は取れるのか」
「七通全てで改竄が一致します」
「分かった。だが──もう一つ気になることがある。お前の調査の進捗が、メルヴィル側に筒抜けになっている可能性がある」
血の気が引いた。
「保管庫に入った翌日に、残りの書類にも手が加えられていた。誰かが即座に伝えている」
マリエットの言葉が蘇る。リュシアン様が来る直前に、メルヴィル家の使用人を──
私はログを遡った。過去数週間のリュシアンの訪問記録を呼び出す。
一回目。リュシアンに「保管庫の記録に不審な点がある」と話した翌日、書類が抜かれていた。
二回目。「監察局と協力している」と話した翌日、ノエルの上司に圧力がかかった。
三回目。「ダニエルと会う約束がある」と話した──その翌日、ダニエルは死んだ。
手帳が手から滑り落ちそうになった。
(リュシアン──あなたが)
幼い頃から一緒にいた。庭で遊んだ。本を読んだ。私が書記官になった時、誰よりも喜んでくれた。あの笑顔の裏側で、ずっと──
「イレーネ」
ノエルの声で我に返った。
「……リュシアン・ヴォー男爵です。裏切り者は──私の幼馴染です」
声が震えた。どうしても止められなかった。
ノエルは何も言わなかった。ただ、私の肩に手を置いた。その手の温もりだけが、崩れかけた私を支えていた。
──翌日、リュシアンがいつもの笑顔で屋敷に来た時、私は初めて、記録を取ることが怖いと思った。




