第4話「蝋封の嘘」
宮廷文書保管庫は、王宮の地下二階にある。
石壁に囲まれた空間は年間を通じて一定の温度と湿度に保たれ、何百年分もの公文書が眠っている。紙の劣化を防ぐため、歴史的な文書館は地下に作られることが多かった。
「入るぞ」
ノエルが監察局の通行許可証を衛兵に見せた。私は「調査補佐」の名目で同行を許された。
保管庫の中は古い紙とインクと蝋の匂いがした。書記官だった頃、何度も通った場所だ。
「メルヴィル侯爵家関連の財務書類。過去三年分」
目当ての棚にたどり着いた。だが──
「……少ない」
三年分の財務書類にしては、明らかに量が少ない。通常、侯爵家規模の財務記録であれば年間で少なくとも二百枚以上の公文書が発生する。ここにあるのは、その半分以下だ。
「抜かれているな」
書類と書類の間に、不自然な隙間がある。
私はログを起動した。過去に保管庫を訪れた際の記録を呼び出し、照合する。
「七通、欠けています。全て、国庫からメルヴィル家への特別交付金に関する決裁書です」
「金の流れの証拠そのものが消されている」
残っている書類を確認する。三通目の封蝋に手を触れた時、指先に違和感があった。
「この封蝋──厚いです」
通常の蝋封は厚さ二ミリメートルほどだ。だがこの封蝋は明らかにそれ以上ある。
ノエルが小さなナイフで慎重に蝋の端を削った。
「……層がある」
断面に二つの異なる色の層が見えた。下の層は元の紋章の蝋。上の層は後から被せた蝋。
「二重封蝋だ。ダニエルが気づいたのは、これだったんだ」
中の書類を確認すると、金額は六百ディナール。だが私のログでは、最初に書記官室を通過した時──三百ディナールだった。
「倍額に書き換えられている。差額がメルヴィル家の懐に入った」
◇
保管庫を出ると、廊下にジルベール・オーギュスト公爵がいた。長身で銀混じりの黒髪。威圧的な風貌。
「おや、元書記官殿かな。解任された身で保管庫に出入りとは」
私は何も言い返さなかった。公爵はメルヴィル侯爵と親しい間柄だ。
だが、すれ違う瞬間──公爵の手が一瞬だけ私の手に触れた。何かが掌に残された。小さな紙片。
ノエルには見えていなかった。
屋敷に戻ってから紙片を開いた。
「保管庫の書類は既に整理されている。本物は別の場所にある。──三日後、東の庭園の東屋で」
署名はない。だが上質な羊皮紙はオーギュスト公爵家の特注品だ。書記官として公爵家の文書を扱った際に記録している。
(敵陣営のはずの人物が、なぜ)
罠かもしれない。だが──消えた七通の行方を知っているのだとしたら。
(記録する。全てを記録して、判断は後にする)
夜、リュシアンが訪ねてきた。温かいスープを持って。昔から変わらない気遣いのできる幼馴染。
「何か困ったことがあったら、いつでも言ってくれ」
彼が帰った後、マリエットが小さな声で言った。
「イレーネ様。リュシアン様が来る直前に、メルヴィル家の使用人を見かけました。屋敷の近くで」
心臓が、冷たくなった。
(偶然──だと、思いたい)
その夜、私は眠れなかった。




