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「陛下……」
オレーシャは情事を終えた気だるさを艶姿に乗せて、スヴァログの胸にすり寄った。スヴァログは感情の欠落した顔で、しかしオレーシャの目元を硬い親指で撫でた。その手が驚くほどに冷たく、火照ったオレーシャの肌には心地よく感じる。
胸に不思議と愛おしさが広がって、オレーシャは少々大胆になった。彼の裸の胸に、唇で触れたのだ。オレーシャは男を誘うのに長けているが、国王に自分から触れることはあまりしてこなかった。だが、あの娘でなく自分をその腕に抱く彼に、そして変わらず激しく情熱的に肌を重ねる彼に、誇らしささえ感じた。
(小娘が、陛下にこんな濃密な時間を与えられているとは思えない。陛下との体の相性は、絶対に、私を裏切らないのよ)
肉感たっぷりの唇を押し付けて、わざとらしくも聞こえるリップ音を響かせて離した。それでいてなるべく初々しさを感じられるように頬を赤らめて、スヴァログをそっと見上げようとした時――
ふいに、喉に指が絡まった。硬くて少しざらついた、男の手。
「へい、か……?」
「……」
少しずつ強まる、指。無言で見下ろす冷たい瞳は感情が読めない。さすがに差し出がましかったのか。徐々に息が苦しくなる。指が食い込みはじめ、恐怖がどろりと胸に広がる。パクパクと魚のように口を開けるが空気が吸えない。
ほとんど暴れだしそうになった時、パッと指が離れた。流れ込む空気にむせた。
気分を害してしまいましたか――そう謝ろうと、ツと視線を上げると、そこには、冷たく嗤うスヴァログがいた。
オレーシャの背が、ぞくりと震えた。
スヴァログの唇がオレーシャのそれを覆い、噛み付いた。驚いて緩んだ隙間から舌が滑り込み、口内を暴かれる。
たっぷりと濃厚なキスが終わると、スヴァログはするりとベッドから抜け出して、ガウンだけ羽織って部屋を後にした。
残されたオレーシャは快感に打ち震える。あの、嗤った目。あの男になら全てを支配されたい。凶暴なまでの権力と圧倒的な力で組み敷かれ、縛られ、暴かれたい。今よりも、もっともっと激しく、ぐずぐずになるまで壊してほしい。
「ああ、凶悪的に、魅力的なひと……」
*****
浴槽に溜められた熱い湯を頭から浴びる。自分の褐色の髪からポタポタと落ちる雫をじっと見つめ、スヴァログはふと笑った。
何がおかしいのか、自分でも分からない。
あの娘が傷付けばいいと、そう思っている。だけどあのティアータの花は、どんなに踏みにじっても、目の輝きを失わない。絶望の闇に埋もれず、憎しみの炎を燃やす様は、存外スヴァログの胸に心地よく刺さる。
スヴァログは自分でもあの娘をどうしたいのか、どうなってほしいのか、よく分からないのだ。ただただ、自分の強烈な負の感情をどうすればいいのか迷い苦しんだ結果、見つけた矛先だった。だから傷付けようとしている。
(さて、次はどんなことをしてくれるのか……)
オレーシャを迎えてお茶会をすると聞いたときは、軟禁状態だということも忘れて許可を与えた。わざわざガラス張りのサロンをスヴァログから指定してやるほどに、その成り行きを内心面白がって見ていた。女たちの争いほど醜いものはないと思っていたが、娘の意外な反撃に、この勝敗はどうなるのかと興味が湧いた。結果は、娘の鮮やかな論破による勝利で、傷付けたい対象のはずなのに、面白い、と思った。
オレーシャの毒蛇のような狡猾なやり口にも屈せずしゃんと立ち向かう姿は、憎らしくもあり、また手応えも感じた。無抵抗の者を嬲るより、ずっとずっと愉しい、と。
そういう意味で、娘の煽り役として、オレーシャはスヴァログの期待する通りによく動く。初日だって、打ち合わせも何もしていなかったのに自分からホールに降りてきて、哀れな娘の心に鋭い刃を向けるきっかけをくれた。スヴァログが手を出さずとも、勝手に嫉妬という黒い火花を散らして、滑稽な役回りを演じている。なんて醜く、哀れで、可愛い女だろうか。
スヴァログは浴室から出るとざっと体を拭いたのみでローブを羽織り、ソファに身を投げた。程なくしてすべてを心得ているラドミルが強い酒を持ってきた。最近は何を飲んだって酔えやしない。しかしもはやルーティンとなった就寝前のこの酒が、短く浅い眠りを辛うじて繋ぎ合わせ、体につかの間の休息を与えるような気がしていた。
少しとろりとした琥珀色の美しい液体をグラスに注ぎ、そっと口に含む。舌で転がして味わえば焼けるような酒精を感じる。酒に弱い者なら、呑み込まずとも口の中で目が回るほどの強い酒だ。スヴァログはそれを、たっぷり時間をかけて2回飲み下し、はじめて口を開いた。
「……いつもの水は、運ばせたか」
「はい、全てつつがなく」
ラドミルの決まった返事に頷いて、また一口、酒を飲む。
オレーシャの身体は実に素晴らしい。肉感的で官能的で、男を悦ばす方法を知っている。ベッドに裸のあの体が転がっていたら、たいていの男は彼女を抱くだろう。それを彼女も望んでいる。
だが、スヴァログにはあの女と子を成すつもりは微塵もなかった。オレーシャの閨に行く日はほとんど計算の上決めているし、避妊薬を混ぜた水を事後には差し入れ、翌日は食事にも混ぜさせる。万が一にも自分とオレーシャの子など残すことがないように徹底していた。
そもそも、あの女は策略を持って近付いて来たのだ。だからスヴァログは、オレーシャのことをなんとも思わない。抱けなくなったら残念だ、くらいのもので。オレーシャの裏にいる人物が誰かも見当は付いているし、やろうと思えば追い出せる。だがまだ、泳がせている。今捕まえては、表層の敵を取り除くのみで終わってしまうから、やる時は徹底的に。洗いざらい粛清できるその時まで、思い通りになっていると思わせる。それがスヴァログやり方だ。
(いつまでも俺を、政治に無知な若造だと思うなよ、狸どもめ……)
グラスの底に残った酒をグイと煽ると、スヴァログはバスローブを脱いでシルクの寝間着を羽織った。そのままベッドに身を投げる。
「おやすみなさいませ」
ラドミルは部屋の蝋燭を消して、暗闇の中、グラスと酒瓶、脱ぎ捨てられたバスローブを拾い上げて部屋を後にした。
真っ暗闇、雪の積もっている外の方が明るいらしく、漏れ出た光でカーテンの形がぼんやりと浮かび上がっている。
(今日もまた一日、泥のような生が終わる……)
スヴァログは目をつぶり、悪夢の入り口へ漂っていった。
お、お久しぶりです…(ドキドキ)
長らく放置させてすみません。
また頻繁更新を再開出来る訳ではないのですが、ひとまず一話分書けたので、アップします!!
続きは…が、がんばります。




