(60)大樹について プーカいわく
その女の人は、美しく豊かな髪をしていた。大地に腰を下ろし、彼女のヒザには青年が頭を預けている。そんな彼の髪を、彼女は優しく撫でていた。
そんなふたりの元へ、よちよち歩きの天使たちが集ってきた。アクビをしたり、目をこすったり、なんだか眠たそうな様子。木彫りの短剣を娘さんに渡すと、天使たちは横たわって眠り始めた。
彼女は両手で、短剣の柄を握った。上向きの刃が水平に倒され、その切っ先は胸元へあてがわれる。恥じらうように彼女がうつむくと、彼女の中へ刃が沈んでいった。
伏し目がちにほほ笑む彼女の姿は、物語に想いを馳せて夢見るようだった。
彼女を取り囲んで「芽」が生えた。芽は伸び、様々な種の草木となり、ひしめき合い、そして枯れた。
枯れた草木の残滓を苗床に、新たな草木がはぐくまれた。生まれ、育ち、枯れ、また生まれ――連綿と多種多様の木々が絡みあい、支えあい、天高く繁茂した。
それは千万無量の生命が織りなす森であり、雲をたなびいて天空をつらぬく一条の木だった。それは――むぅ。
「……葬送の弔花は、コイツ……のぉッ?」
むぅー。いったい誰なの、ウルサイなぁ。静かにしてよ、もう。
「……ノ、ノームッ? なんで……あ」
「チェストォォォォオオーッ!」
ワッピティの奇声で、わたしは眠りから起こされた。
「むにゃ……んぁ……」
横になったまま薄目で見ると、ワッピティがボロぞうきんのようなモノにしこたま蹴りを入れていた。
「ゲシゲシゲシゲスゲシゲシ……」
あ。蹴られてるの、ストレンジャーか。今日も今日とて、ワッピティはおてんば娘をやっているようで。
おや。向こうの木の陰から現れた、あの巻き毛は――ブバホッドだ。ブバホッドは加勢のためか、ワッピティへと近づいていく。でも途中で立ち止まった。荒ぶるツインテールにしり込みしたようで、ブバホッドがポツリとつぶやく。
「ぼくの出番は、どうやらないみたいだね……」
そんなスッタモンダを眺めていると、わたしの元へパックがやってきた。わたしを抱き起こしながら、破れた服をわたしの胸元に引き寄せて――って、なんだコレ。わたしの服、ビリビリに破れてるぞ。
それからおにいは自分の上着を脱いで、わたしにはおらせてくれた。タンコブだらけのシカメッツラが、いつもの優しい声音で語りかけてくる。
「……大丈夫か?」
「うん。だいじょぶ」
おにいの顔を見ると、ホッとした気持ちになった。でも気まずいような気もして、自分をごまかすように髪をいじる。
そういえば、花かんむりがなくなっている。葉っぱだけ残して、どこに行っちゃんだろ――ん、葉っぱが髪にくっついて取れないな――違う。髪から葉っぱが生えている。なんだコレ、おにいみたいだ。
そっか。パックとおそろいになったんだ。頭の葉っぱをボンヤリといじっていると、さっきまで見ていた夢が心に浮かんだ。
それは森だった。けれど一条の木を形づくり、その樹冠にちっぽけな果実をみのらせていた。うっそうとした木々に抱かれ、隠されるように、封じられるように――ただ記憶の中でだけ、その物語に触れることができた。
なぜだか切なくて、うら寂しさが心にわだかまる。やり場のない想いを、両手の内へ祈るように閉じこめた。
「……さやさや……さや……」
風が木の葉の音を運んでくる。遠い音色は何かをささやくようで、わたしの胸をざわつかせた。
かすんでいく物語の一節を、そっと口ずさんでみる。
「……その木に触れてはなりません……あなたに森の君である覚悟がないのなら……」
心に響くこともなく、穏やかな森のざわめきに紛れて消えた。
「おい、プーカ……」
わたしの顔をのぞき込みながら、パックが疑問を口にする。
「……ホントに大丈夫か?」
わたしの鼻先には、ボコボコにされたパックの顔。そのタンコブのひとつを、わたしは指でつっついた。
「痛てッ……や、やめろよ」
いつもよりオモシロいシカメッツラに、わたしは思わず吹きだしてしまう。
「フフフ……ッ」
心配性のおにいのために、そろそろ笑顔になってあげますかッ。
「……あはッ、ヘンな顔ぉー」
「……うるせー、悪かったな」
あ。そーいえば、おじいの姿が見えないけど、ドコ行ったんだ。




