(59)勇者について バスタいわく
森の奥深く、勇壮な大剣が突き立っていた。こもれびに照らされて光をまとい、勇者の到来を待ちわびているかのようだった。
大剣を目指し、オレは散乱する枯れ木の山を踏み越えて進んだ。枯れ木はガイコツのような形状の物も混ざり、それはシカバネの山にも見えた。
「乱痴気騒ぎも、いい加減に飽きたか……安穏と寝ほうけていやがるぜ」
オレの横目に映るのは、ひとりのゴブリンの小娘。立ち枯れた大木の下で、その露出した根へすがるように、身体を丸めて横たわっている。その乱れた髪には、ゲッケイジュの葉がチラホラと絡まっていた。
立ち枯れの大木は老婆を形づくり、その身体は骨と皮のオウトツに乳房をたるませている。だが頭と片腕は朽ちてウロがうがたれ、残った手はヒザの上で眠るゴブリンの小娘へ添えられていた。それは泣き疲れた駄々っ子を、ヨシヨシと寝かしつけているようにも見えた。
オレは歩みを止めた。眼前には、勇者を待ちわびる大剣の雄姿。オレは振り返り、腰を落とした。
オレの両腕は、後ろ手に縛られたままだった。オレを束縛するグレイプニルの呪いを、突き立つ大剣にあてがう。
「ギコギコキコギゴキコギコギゴギコギゴキコギコ……ぶぢりッ」
呪縛は破られた。解放された両手で、大剣をも大地の封印から解き放つ。
「ぐっぽ……ッ」
虚空を数回薙ぎ、ふたたび大剣の手触りを確かめる。
「ビュウンッ、ブン、ブゥン……チャキシッ」
立ち枯れの大木へ、オレは半身を向けた。しおれ耳のゴブリンをにらみながら、湧き上がる感情に身を任せて怒号する。
「悪鬼羅刹に堕そうとも、サバトはオレが引き継ぐぜ! 業魔にささぐ血のイケニエ……ふさわしきはキサマだ! 人食いの魔女……バーバヤガーッ!」
そんなオレの覚悟をあざ笑うかのように、しおれ耳のバーバヤガーはノーテンキな寝息を立てている。
「すぴぃー……すぴぃー……」
オレは前へと踏みだしながら、夢の世界に逃避するバーバヤガーへ現実を突きつけた。
「……フン。せいぜい惰眠を貪るがいい。気づいたときは、遅きに逸しているのさ……それは永遠の眠りなのだからな……!」
そう言いながら歩みを進めるオレの背後で、何かの落下音が響いた。
「ガランッ……ガラガラガラ……」
振り返ると、枯れ枝と木片の山が土ぼこりを上げている。木ギレの山は灰褐色と赤色のまだら模様で、その上には三つの「頭部」が積まれていた。
ひとつは白金色の髪をした頭――カイナ。
ひとつは銀色の髪をした頭――シルバーン。
ひとつは黒いヒゲづらの頭――ブライム。
オレの仲間たちだ。いや、仲間だった肉片か。
「待っていてくれ……みんな。せめてカタキは討ってやる。たとえ逢魔が深淵の底で、この身が打ち砕かれようともな……!」
ふたたび立ち枯れの大木へ向き直る。仲間への弔辞を続けながら、オレは歩き始めた。
「あがないの血で大地を洗ってやるぜ……! 仲間たちの墓標にたむける、葬送の――」
オレは構えを解き、片手で大剣を握っていた。オレの腕力なら軽々としたものさ。だが、そのときだった。歩みに合わせて大剣を後ろへ振ると、その大剣が何かに引っぱられた。
「……グン!」
視界の外で起きた出来事だ。さすがのオレも動揺し、せっかくの弔辞のセリフを途切れさせてしまった。
「――弔花はコイツ……のぉッ?」
落ちつけ、何かに引っかかったのだろう。オレは振り返って確かめた。オレの視界に映るのは、この手にしっかと握られた大剣。それからその勇ましき刀身へ、うらやむようにたかる幾本かの「木々」。
「……ゥウヴヴウゥ……」
ヤセギスな人の姿を形づくり、ナラの葉を添えていているこの木は――
「ノ、ノームッ? なんで……」
ん、この声はなんだ。頭上からヘンな鳴き声が聞こえてくるが、例の怪鳥じゃない。見上げるとそこには、奇声を発しながら降ってくるゴブリンがいた。
「チェストォォォォオオーッ!」
だがオレは、さらに数を増やしたノームに絡みつかれてなすすべもない。オレの頭上で振り上げられた、スラリとした生足をただ眺めるばかりだった。
なんだかデジャブを感じる光景だな。ゴブリンの左右に結った緑髪が、天に向かってなびいて――
「あ」
コイツ、ツインテールゴブリンだ。しぶといヤツだな、生きていたのか。
そんなツインテールゴブリンは、やはり当然の帰結として脚を振り下ろした。落下の勢いも加わった「かかと」が、オレの脳天にめり込む。
「ミッシイイィィイ……ッ」
天から降ってきた星々が炸裂し、もうもうと白煙が立ちこめる。オレの視界とともに、オレの意識はまっ白になった。




