(53)極相について
里のユグレナたちは、パックの奇怪な異能をいとも容易に受け入れたばかりか、あまつさえ畏敬をいだくにいたっている。その理由は、彼らの先祖の記憶が文化として根差しているためだ。
悠遠の昔、ユグレナが現在のユグレナと定義される以前の話だ。古代のユグレナは個体ごと、あるいは集団ごとに異なる植物特性を有していた。だが時を経て、種の交配が進むと区別をなくして統合し、無数の植物遺伝情報を細胞に記録する近代のユグレナとなったのだ。そのため近代のユグレナであるアトロゥの子実体によって形成されたウォーキー・ドゥーヒキーは、様々な植物種を生みだせるのだ。
ウォーキー・ドゥーヒキーには、木々をなぎ倒しながらさまよい歩くような行動が見られる。これは一般的な森林においては、多種の植物の生存競争が引き起こす「自然間引き」に相当する。またユグドラシア菌根植物を一種と見れば、同種間で生じる「自己間引き」とも言えるが、どちらにしろ「間引き」である。
ウォーキー・ドゥーヒキーは間引きと同時に、生みだした植物によって様々に姿を変えながら「植林」も行う。この間引きと植林は、ユグドラシル自身が「植生遷移」を促進し、加速させている動態である。
植生遷移とは「その環境に生育する植物の移り変わり」のことである。そして植生遷移が進行すると、やがて「森林のもっとも安定した状態」である「極相」へと収束する。
特異な生態を持つユグドラシルにおいて、その極相はどのようなものであるのか。この世の地獄か、あの世の楽園か。あるいは領域ではなく一個体として、よりハッキリとした形態を取るのか。その未来の姿は、もはやわたしには知るよしもない。
ウォーキー・ドゥーヒキーの植林と違い、パックのつくる木が根づかないのは交雑によって植物特性のすべてが継承されたわけではないからである。植物は交配を行わずとも、挿し木によって繁殖が可能だ。だがユグレナは有性生殖であり、生殖器官は自身のものが用いられるのだ。
しかしアトロゥの細胞によって形成されたウォーキー・ドゥーヒキーは、単独による無性生殖を行っているように見える。それはアトロゥの果実がアトロゥの雄性生殖細胞であり、宿主の雌性生殖細胞と「接合」を行っているからだ。
「有性生殖の接合」を言いかえれば、それは「受精」である。この生殖細胞の性差こそ、彼女がウォーキー・ドゥーヒキー足り得た理由なのである。
本来ならば彼女の生殖機能は、とうに失われているだけの歳月が経過している。現在の生殖機能は代替されたものであり、彼女とアトロゥの果実から産まれた「天使」の肉片によって補完されたものである。そして天使の雌性生殖細胞は「ある男」の雄性生殖細胞と接合し、この森のあちらこちらへ今もって幼木を産み落としているのだ。
その「ある男」とは、そのミジメったらしい恥知らずな老いぼれとは、このわたしのことである。




