(52)薄明について オシアンいわく
ふたたびぼくらは木々の間に。農具を携えた戦士たちの進軍は、助けだした女たちとともに頼りなく再開された。
相変わらずゴブリンたちはイビキをかき続けている。それを横目にしながら、ぼくたちはすんなりと目指す場所へと到着した。
ニアヴは――助けだした女たちは、安全とも言えないだろうが、とにかく離れた場所で待機してもらう。標的は、たったの一匹の寝ぼけたゴブリンだ。ぼくたちだけでなんとかやれるさ。
そしてぼくたちは、眼前にアトロゥのねぐらを見すえた。数知れず木々が立ち並ぶ森の中で、その「巨樹」はひときわ異様だった。
猛火に焼けただれた皮膚が、はがれかけてベロベロのカサブタに――そんな見た目の樹皮をした幹が、無数に絡みあって人らしき姿を形づくっている。根元がボッテリとして子をはらむ母のようであり、その頭は二本ツノを生やしてケモノのようでもあった。
頭の二本ツノは、らせんを描きながら無数に枝分かれていた。遥か中空をつらぬきながら満々とした葉を逆立て、あおぎ見れば火柱のようだった。だが間近で目をこらせば細かな葉の密生で、葉がウロコのように枝先を覆う「イトスギ」の枝葉だった。
持参した斧を、ぼくは振りかぶった。奇怪なイトスギの巨樹へ、力の限りに幾度となく刃を叩きつける。
「カッ……カッ……ガッ……カッ……」
仲間の斧も交互に振り下ろされ、少しずつキズをつけながら子気味いいリズムを森に響かせる。そんな大音響に、さすがのゴブリンたちも目を覚ましてしまった。
ある者は巨樹に立ち向かい、ある者はゴブリンに立ち向かう。キッチリと二手に分かれる余裕もなく、状況は混とんとして入り乱れた。
引き続き巨樹を削っていたぼくにも、ゴブリンが襲いかかってくる。ぼくはあせり、斧を水平に掲げて凶刃に備えた。なんとか攻撃は受け止めたが、斧の木柄がイヤな音を立てる。
「バギ!」
幸いに折れてはいなかったが、手がしびれて上手く動かせない。次の一撃で殺られる――と思った瞬間、仲間が振り下ろしたつるはしがゴブリンの頭を砕いた。
「ゴギャッ!」
休んでいるヒマはない。朝が来る前に、アトロゥに始末をつけないと――
「やるべきことをやるんだ……ッ」
力の入らない手で、無理やり斧を握り直す。巨樹に向き直り、あせる気持ちを刃に込めてたたきつけた。
「ガッ!」
同時に斧の木柄から、亀裂が入るような音がする。
「ビキィ……ッ」
斧と同様に、ぼくもくたびれていた。ハッキリしない頭で、身体だけを機械的に動かす。振り上げて、振り下ろして。
「ベギイィ!」
木柄が「く」の字に折れた。刺さったままの斧を無理やり引き抜こうとすると、ボキリとちぎれて鋼の刃だけが幹に残った。
木ギレを手にうろたえるぼくへ、呼びかける声があった。
「……オシアン、後ろッ……」
誰かの声に、ぼくの身体が無意識に反応する。視界がスライドしていき、ふたたびゴブリンが映りこんできた。大ナタをかざし、ぼくの背中に跳びかかってくる。
持参した武器は、後は「コレ」だけだ。ぼくは破れかぶれで、振り向きざまに腰から「短剣」を抜き放った。
「スパァァァアア……ッ」
大ナタを持つ右前腕が一本、左手の指先が数個、それからギョロ目の生首がひとつ――血けむりを上げ、ひと太刀のもとに飛んだ。
そのあっけない手ごたえに、ぼくは思わず短剣を見つめた。木彫りの短剣は、オモチャか飾り物のようだった。接ぎのない一木から削りだされ、柄から諸刃の刀身にかけて精巧な彫刻があしらわれている。女神を中心に配し、様式化された様々な木々が後光であるかのように取り巻く意匠だった。この木片に、ぼくは命運を託した。
「ス……ッ」
奇怪なイトスギの巨樹に、木の短剣が音もなく突き立つ。イモでもむくような具合にやすやすと刃は通り、巨樹の腹へ深い溝を作った。
「これなら……ッ」
切りつけて、切りつけて、また切りつけて、ジャガイモのバケモノをむいていく。迫る夜明けに追い立てられながら、切りつけ、切りつけ、また切りつけ――はぜる木っぱに身を裂かれながら、それでも切りつけ、切りつけ、また切りつけ――切って、切って、また切って――切って、切って、また――終わりのときもまた、音もなく訪れた。
「……スッ」
ついに卵は割れ、中の暗闇を「薄明り」がうがった。太陽がつむじをのぞかせ、夜明けのほんのりとした青が、辺りを塗り替えた。




