(48)再会について オシアンいわく
わたしは手持ちぶさたで、イチジクの葉っぱをもてあそんでいた。そんな時に思いだすのは、遠い昔の記憶だ。今もまだ、まぶたの裏に残る光の記憶。
それは光だった。肉体を透過して心の奥底にまで達する光。闇が深ければ深いほど、まばゆく差し照らす希望の光。
春の木陰のように穏やかで、夏の慈雨のように思いがけず、秋の涼風のように清らかな、冬の炉火のように染み入る、それはキミの放った輝き。わたしの目をくらませた、不可視の後光。
それは、ありきたりな出会いだった。
思索の森を行く彼女の足取りは、あてどもなくも軽やかだった。彼女の夢見る瞳はロマンスにうるみ、波乱の冒険旅行を映していた。
風が彼女の帽子をさらい、ぼくたちの物語は幕を上げた。その幸運に、ぼくは爪先立ちで手を伸ばし、尻もちをついて受け止めた。
歩み寄るぼくたちの視線は、恥じらいながら絡み、ほどけ、また絡んだ。そして結びあい、ぼくたちの間に帽子が橋を架けた。おごそかに奉還された帽子は、王家の血統証明であるかのように、気高く、慎み深く、彼女の金髪へといただかれた。
ぼくが思索の行き先を尋ねると、彼女は少女のようにはにかんだ。彼女の語る物語は、子供っぽくて現実味がなく、夢にあふれていた。彼女の一部のように愛おしく、それに真心で触れることは秘め事めいていた。
気恥ずかしい高揚が、ぼくの胸に物語を描きだした。ありふれていてかけがえのない、ぼくたちのハッピーエンドを。
それから後、日々を共に歩むぼくたちは、幾度ものささやかな偶然に想いを重ねた。それが運命であると、ひそやかに願いをかけながら。
喜びも憂いも心はひとつであるように。望む景色にたがいが見つけられるように。共にあるこのときが永遠であるように。
「にちッ……にちち……」
ん――おや。いつの間にか、わたしは眠っていたようだ。何やら騒がしいな。
「……にちんッ、ぐら……ぼとッ、ごろり……」
目を開けると、ウォーキー・ドゥーヒキーの姿が見えた。今はウマを形づくり、わたしが腰をかけている。おかしな話だ。わたしが腰かけているのを、わたしが眺めているなんて。フフッ――
「ッ……」
思わず笑みを漏らしたが、わたしの口からは何も吐きだされない。それはそうだろう。胴体から切り離され、肺が声帯まで空気を送ってくれないのだ。
頭がなくなったわたしの身体には今、大きなクモが必死でよじ登っている。いや違う、アレはクモではないな。ヤツだ、アトロゥだ。頭だけのアトロゥが、首の付け根から幾本かの木ギレを伸ばし、クモのように這っているのだ。
それにしてもヤツめ、ずいぶんと老けこんだな。まるっきりに枯れ木じゃないか――なんて、わたしも言えたものではないか。フフッ――
「ッ……」
さぁ、アトロゥ。ガンバレ、もう少しだぞ。
頂上へ到達したアトロゥは、わたしの「切り口」の上へ陣取った。アトロゥの首の付け根から無数の枝々が伸びる。しなやかで微細な無数の木ギレ群は、ネバっこい濁流のようだ。そんな汚泥が豪雨となり、わたしの首へなだれ込む。
「ドヴアアァァァ……!」
事がひと段落すると、アトロゥはため息とともに喜びの声を漏らした。
「……はぁぁ……ぁ……ヘ……ヘッヘェ……」
そうだ、それでいい。ハリボテの若々しい肉体なんて、まったくおまえらしいじゃないか。さぁ、これからだ。ゆっくりと腰を落ち着けている場合じゃないぞ、アトロゥよ。
「ヴネ……」
ウォーキー・ドゥーヒキーが身もだえをし、アトロゥが振り落とされる。受け身は取り損ねて地面にたたきつけられ、ヤツは顔からつっぷした。
「……どさ!」
わなわなと震えながら、必死な様子で身体を起こす。わたしとヤツの目が合い、その顔は何かを悟ったようだった。
「ぁ……ッ……」
むしり取るようにシャツを脱ぎ、アトロゥは半裸をあらわにした。そこに見えるものは、骨に皮を被せたようなヤセギスの老身だ。老いから逃げ続けてきたおまえに、わたしの身体はさぞ辛かろう。
アトロゥは息を切らして両手をつき、肩が突き上がるほどに深くうなだれた。
「……ハァ……ァ……ハァ……」
無様だな、アトロゥ。身体を支えているだけで、その有り様か。
しかし我ながら、なんともみっともないな。まるでシカバネのなり損ないじゃないか。ねぇ、キミもそう思うだろう。
彼女はたたずんでいた。アトロゥのかたわらで、その悲しい喜劇を観覧していた。ねぇ、ニアヴ。これでいいかい。
彼女は一糸もまとわずに、灰白色の素肌をさらしていた。けれど豊かな髪がヴェールとなり、その裸体を恥じらうように包んでいる。髪は大地へ溢れて森に金緑色の川を敷き、その毛先にはイチジクの葉をたたえていた。
これでいいんだよね、ニアヴ。キミの声は、わたしには遠すぎて聞こえないから、キミが近くに来て教えておくれ。ごめんよ、ニアヴ。ワガママを言うようだけれど、もう動けないほどに疲れてしまったんだ。
キミさえいれば――それをキミが許してくれるのなら、わたしは何もいらないから。だからニアヴ、そばに来ておくれ。キミの庭園へ、わたしを連れていっておくれ。
ニアヴ。
ねぇ、ニアヴ。
ぼくの大切なニアヴ――




