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群像について ユグドラシルいわく  作者: まいち
第2幕 第6場 死との再会
48/61

(48)再会について オシアンいわく

 わたしは手持ちぶさたで、イチジクの葉っぱをもてあそんでいた。そんな時に思いだすのは、遠い昔の記憶だ。今もまだ、まぶたの裏に残る光の記憶。

 それは光だった。肉体を透過して心の奥底にまで達する光。闇が深ければ深いほど、まばゆく差し照らす希望の光。

 春の木陰のように穏やかで、夏の慈雨のように思いがけず、秋の涼風のように清らかな、冬の炉火のように染み入る、それはキミの放った輝き。わたしの目をくらませた、不可視の後光。

 それは、ありきたりな出会いだった。

 思索の森を行く彼女の足取りは、あてどもなくも軽やかだった。彼女の夢見る瞳はロマンスにうるみ、波乱の冒険旅行を映していた。

 風が彼女の帽子をさらい、ぼくたちの物語は幕を上げた。その幸運に、ぼくは爪先立ちで手を伸ばし、尻もちをついて受け止めた。

 歩み寄るぼくたちの視線は、恥じらいながら絡み、ほどけ、また絡んだ。そして結びあい、ぼくたちの間に帽子が橋を架けた。おごそかに奉還された帽子は、王家の血統証明であるかのように、気高く、慎み深く、彼女の金髪へといただかれた。

 ぼくが思索の行き先を尋ねると、彼女は少女のようにはにかんだ。彼女の語る物語は、子供っぽくて現実味がなく、夢にあふれていた。彼女の一部のように愛おしく、それに真心で触れることは秘め事めいていた。

 気恥ずかしい高揚が、ぼくの胸に物語を描きだした。ありふれていてかけがえのない、ぼくたちのハッピーエンドを。

 それから後、日々を共に歩むぼくたちは、幾度ものささやかな偶然に想いを重ねた。それが運命であると、ひそやかに願いをかけながら。

 喜びも憂いも心はひとつであるように。望む景色にたがいが見つけられるように。共にあるこのときが永遠であるように。


「にちッ……にちち……」


 ん――おや。いつの間にか、わたしは眠っていたようだ。何やら騒がしいな。


「……にちんッ、ぐら……ぼとッ、ごろり……」


 目を開けると、ウォーキー・ドゥーヒキーの姿が見えた。今はウマを形づくり、わたしが腰をかけている。おかしな話だ。わたしが腰かけているのを、わたしが眺めているなんて。フフッ――


「ッ……」


 思わず笑みを漏らしたが、わたしの口からは何も吐きだされない。それはそうだろう。胴体から切り離され、肺が声帯まで空気を送ってくれないのだ。

 頭がなくなったわたしの身体には今、大きなクモが必死でよじ登っている。いや違う、アレはクモではないな。ヤツだ、アトロゥだ。頭だけのアトロゥが、首の付け根から幾本かの木ギレを伸ばし、クモのように這っているのだ。

 それにしてもヤツめ、ずいぶんと老けこんだな。まるっきりに枯れ木じゃないか――なんて、わたしも言えたものではないか。フフッ――


「ッ……」


 さぁ、アトロゥ。ガンバレ、もう少しだぞ。

 頂上へ到達したアトロゥは、わたしの「切り口」の上へ陣取った。アトロゥの首の付け根から無数の枝々が伸びる。しなやかで微細な無数の木ギレ群は、ネバっこい濁流のようだ。そんな汚泥が豪雨となり、わたしの首へなだれ込む。


「ドヴアアァァァ……!」


 事がひと段落すると、アトロゥはため息とともに喜びの声を漏らした。


「……はぁぁ……ぁ……ヘ……ヘッヘェ……」


 そうだ、それでいい。ハリボテの若々しい肉体なんて、まったくおまえらしいじゃないか。さぁ、これからだ。ゆっくりと腰を落ち着けている場合じゃないぞ、アトロゥよ。


「ヴネ……」


 ウォーキー・ドゥーヒキーが身もだえをし、アトロゥが振り落とされる。受け身は取り損ねて地面にたたきつけられ、ヤツは顔からつっぷした。


「……どさ!」


 わなわなと震えながら、必死な様子で身体を起こす。わたしとヤツの目が合い、その顔は何かを悟ったようだった。


「ぁ……ッ……」


 むしり取るようにシャツを脱ぎ、アトロゥは半裸をあらわにした。そこに見えるものは、骨に皮を被せたようなヤセギスの老身だ。老いから逃げ続けてきたおまえに、わたしの身体はさぞ辛かろう。

 アトロゥは息を切らして両手をつき、肩が突き上がるほどに深くうなだれた。


「……ハァ……ァ……ハァ……」


 無様だな、アトロゥ。身体を支えているだけで、その有り様か。

 しかし我ながら、なんともみっともないな。まるでシカバネのなり損ないじゃないか。ねぇ、キミもそう思うだろう。

 彼女はたたずんでいた。アトロゥのかたわらで、その悲しい喜劇を観覧していた。ねぇ、ニアヴ。これでいいかい。

 彼女は一糸もまとわずに、灰白色の素肌をさらしていた。けれど豊かな髪がヴェールとなり、その裸体を恥じらうように包んでいる。髪は大地へ溢れて森に金緑色の川を敷き、その毛先にはイチジクの葉をたたえていた。

 これでいいんだよね、ニアヴ。キミの声は、わたしには遠すぎて聞こえないから、キミが近くに来て教えておくれ。ごめんよ、ニアヴ。ワガママを言うようだけれど、もう動けないほどに疲れてしまったんだ。

 キミさえいれば――それをキミが許してくれるのなら、わたしは何もいらないから。だからニアヴ、そばに来ておくれ。キミの庭園へ、わたしを連れていっておくれ。

 ニアヴ。

 ねぇ、ニアヴ。

 ぼくの大切なニアヴ――

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