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群像について ユグドラシルいわく  作者: まいち
第2幕 第6場 死との再会
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(47)悪運について アトロゥいわく

 バカどものバカ騒ぎから逃れたオレは、生首ひとつで森を進んでいた。短剣の柄をかみしめ、首の切り口から伸ばした木ギレを大地に刺しさし、クモのように這って進んだ。

 人界を、果てから果てにさまよって、小耳に挟んだ森の怪。樹海の荒波乗り越えて、やっと見つけた我が分け身。ところが悪運極まれり、首がひとつに身はふたつ。ありあまっては手にあまり――ってかよ。あー、チクショウめッ――


「ッ……」


 肺を失ったオレの声帯は、音を鳴せることもなくただうごめくばかりだった。

 オレ様の肉体は、人と木がこん然とした一体物なのだ。だからこそ生首ひとつでも、この通りに生きながらえていられる。だが人としての生命活動が断たれた今、木のオレは養分を断たれてしおれ始めていた。

 人の肉体には、裂傷や骨折なんぞの軽微な損傷に対して修復を行う、自然治癒力ってモノがある。だが四肢や臓器の喪失なんぞの甚大な損傷に対しては、それを再生するほどの治癒力はない。それは「異能」を持ったオレの肉体においても同じことで、木の増殖はできても肉の再生はままならなかった。

 なんにしろ、とにかく今は逃げの一手だ。三十六計逃げるにしかずってね。生きてさえいりゃあ、今までオレを生かし続けているオレ自身の運が――オレ様の悪運が、必ずチャンスを運んできてくれる。お、早速にありゃなんだ。


「ビィー……ビィビィ、ビィ……ビィィー……」


 森を行くオレは、ティット・トットの群れを見つけた。人間の頭だいしかないティット・トットじゃあ、オレ様の身体には足りやしねぇ。そもそも、あの白い玉っころに首があるのか知れたもんじゃねぇし。そんな毛玉どもが、いったい何に群がっていやがる。あぁ、クソッ。くっだらねぇッ。

 群がる毛玉どものすき間をのぞくと、あぐらをかく人影がひとつ。コイツはマハだ。いや、マハだった肉塊か。さんざんについばまれて骨も内臓もはみ出し、ご丁寧に心臓へ細剣まで刺さっていやがる。どいつもコイツも、役立たずどもがッ。

 あ、こりゃなんだ。白い毛玉どもの中にテカテカとした銀色の玉がひとつ紛れている。

 ヘッ、なんてことはない。マハのヤツが持っていた鉄槌じゃねぇか。それにしても、バカみてぇな鈍器だぜ。ヘッドにマヌケな顔が彫られていて――鉄球は鏡のように景色を映して「オレの顔」がそこにあった。

 乾いて真っ赤に血走った目玉が、ギョロリと見開かれてオレを見つめている。老齢のシワは干ばつのヒビのようで、ハゲ上がった脳天まで死の荒野が広がっていた。

 グズグズしていられねぇ。ブタでも、シカでもいい。とっとと新しい身体を見つけねぇと、早くしねぇと枯れっちまうッ――


「ッ……」


 辛苦の叫びも静寂のまま、ただ心の内にわだかまって消えた。オレの生き残る道は、満足な身体を手に入れるか、あるいは大地に根を下ろしてただの木になるか、ふたつにひとつだった。


 ……――……


 それはまるで、木立のアーチだった。踊るようにねじれた木々が、オレをいざなっている。節くれ立った指先で道を示し、オレを導いている。


 ……の木に……な……


 ここは監獄だ。どこへ行こうと看守に見張られ、鎖がオレを縛っていやがる。


 ……その木に触れ……ん……であ……


 なめんじゃねぇ。オレ様をハメようたって、そうはいくかよ。テメェの――テメェらの思い通りにされて、たまるかってんだよッ。


 ……そ……てはなりませ……あなたに森の……る覚悟がない……ら……


 ケモノ道を横切り、やぶをかき分け、倒木を乗りこえ、小川を渡り、道なきに道を見いだして進んだ。オレ自身が選んだ道の先に何が待つのか。それを知るのは、オレの悪運だけだった。


 ……君……が……なら……


 いた。

 いやがった。

 しかも人間だ。生い茂る草木の向こうに、男の姿が見える。

 この出来すぎの遭遇は、もはや瀕死のオレにとっては念願の邂逅であり、死神の手からこぼれ落ちた天恵にほかならなかった。

 男は貧相な身なりで、くたびれたシャツは胸元がはだけ、長ズボンはすそがすり切れていた。何が楽しいのか、イチジクの葉をつまんでもてあそんでいる。油断しきった横顔に浮かべるまなざしは、かすかに光を揺らしながらも一心に葉へと注がれていた。

 あの若葉色の長髪は、オレと同族か。いやしかし、あの丸い耳の形は――ところでヤツが腰かけている、あの妙な形の木はなんだ。ウマみてぇな姿をして――いや、つまらないことでウダウダやっているゆとりはねぇ。ささいなことは後回しだ。


 ……――……


 オレの脳裏で、オレが先ほどに犯した醜態が再演され、湧き上がる疑問の数々を押し流した。すでにこの手にしているはずだった新しい異能の肉体。それをむざむざと取りこぼした大マヌケは、どこのどいつだ、クソったれッ。

 不快な記憶が羞恥心をまさぐり、オレを焦燥させる。思考は荒海のように、意思は小舟のように――ただオレは、二の轍は踏むまいというプライドにしがみつき、オレ自身を操舵した。この生首だけの身体を、蹴り飛ばすように前進させた。

 男の背後へと回りこむ。オレはかみしめる短剣の刃を水平にし、それから横向きに構え直した。

 男は長い髪を胸元へと流し、はだけたシャツからは首スジがさらされている。まるで情欲をそそる艶姿――ってな具合でさぁ。なんともまぁ、この色男がよぉー。そそりやがるぜ、まったくよぉおおーッ――


「ッ……」


 全身全霊で飛び跳ねた。短剣が男の首スジに触れる。刃が肉にもぐり、オレを軸にして弧を描く。


「にちッ……にちち……」


 そして短剣の刃は、滑るように跳ねだした。


「……にちんッ」


 男の頭が外れ、転がり落ちる。


「ぐら……」


 髪の毛がハラハラと散り、宙へ若葉色に照る軌跡を描いた。

 紅色の樹液が、出来上がった切りかぶからコンコンと湧いて溢れる。あぁ、甘美なミツがこぼれちまう。ひとしずくだって、もったいねぇ。オレはすばやく這い上がって「思いのたけ」を突き立てた。


「ドヴアアァァァッ!」


 肺が押しだした吐息が、笑みとともにオレの口からこぼれる。


「……はぁぁ……ぁ……ヘ……ヘッヘェ……」


 自分の物となった肉体を、オレは見下ろした。若々しく張りがあり、頑強とは言いがたいが、しなやかとなら言ってもいい上物だ。しかし――あぁ、まだイマイチだな。なかなか身体がなじまねぇのか、息苦しくって――


「あぁッ? あッ……」


 オレは姿勢を崩して落下した。腰を下ろしていた妙な形の木が、急に消えてなくなったのだ。そして大地へ叩きつけられた。


「どさ!」


 あぁ、痛てぇッ。チクショウ、クソ痛てぇ――


「ぅ……ッ」


 声も出せないほどの衝撃。全身を疲労と鈍痛がむしばんで、オレは張りつけられたかのように動けなくなった。

 大地に伏したままで、顔だけ回して横目で見る。妙な木のあった場所には、ありふれた立ち木が元よりそこにあったように植わっていた。

 それにしても身体が重い。それに息が切れる。骨がきしむ。指が震える。それでも――


「ぃ……ぃ……ッ」


 精一杯に身体を起こすと、つる草の絡む枯れ木がオレの目に映った。

 いや、違う。枯れ木に見えたのは、オレの手だ。やせ細って骨ばって血管が浮いた、オレの新しい手だ。それからもうひとつ、視界の隅に映るものがあった。

 なんだ、テメェは。どっから湧いて出やがった。まるで、どデカいワタボコリじゃねぇか――


「あ……ぁ、ぁ……」


 それは乱れた白髪の塊だった。その中には、シワだらけの男の顔が――顔だけが埋もれている。

 生首だけの老いぼれじじいが、オレのかたわらに転がっていた。薄目からのぞく陰気な瞳が、さげすむようにオレを眺めていやがる。

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