(43)産声について プーカいわく
……――……
歯を食いしばると、血と涙の味がした。ジンジンとして治まらない痛みが、悔しさとミジメさを膨らませる。
幼いころから、いつもパックにかばわれるばかりだった。けれどわたしにだって、いざとなればパックの手助けぐらいならできる。それくらいのことは思っていた。けれど現実は劣等感を恥ずかしめられたあげく、無様に這ってうめいていた。わたしにできるのは、ただ誰かの助けを待つことだけ。
自分のふがいなさに込み上げる怒りが、涙になって身体から漏れだす。でもそれだけじゃまだ、破裂してしまいそうで。激情は心の奥底から噴きだし、叫ぶように、むせぶように、わななきとなって全身から溢れだした。
……木に触……はなり……ん……あ……に森……であ……悟がな……な……
ボンヤリと描いていた心象風景が、驚くほどの細部をともなって具象化されていく。いたたまれないほど恥ずかしいのに、感動が髪の毛一本にまで伝わってくる。この汚らわしい感情を、押さえなくてもいいというのなら。
……その……触……は……ません……なたに……君で……覚……ないのなら……
耳の奥にこびりつく、泣きじゃくるようなノイズ。不快感を抱きしめれば、かよわくていじらしい産声が聞こえてきた。
……その木に触れてはなりません……あなたに森の君である覚悟がないのなら……
モンモンとわだかまっていた心痛がセキを切って噴出し、大地があばかれる。
「……ゥゥゥウウウヴヴヴズズズウウウゥゥゥ……!」
わたしを押さえつけていた男の手が離れていく。なめらかな木肌の幹がわたしの肌を這い、倒れたわたしを起こしてくれた。両腕の拘束も枝が伸びて断ち切り、解かれた両手を見ると指先も枝となって伸びていく。
誰かの声が聞こえる。まるで吐き捨てるような声音だ。
「……もう一匹いやがった! オレの悪運も大概だぜ……クソッ」
とても不愉快だけれど、目をそむけちゃいけない。パックがいるのは、そこなのだから。あぁ、わたし――
「おにいを助けなくちゃ……」
赤いずきんの男はこちらへと視線を送り、パックからよそ見をしている。男の手中に納まるパックへと、わたしは手を伸ばした――手を伸ばそうとした。
「……ゥヴ……」
そんなわたしの想いが、見目うるわしい乙女を形づくる。乙女は赤ずきん男の背後へと忍び寄り、おにいの腫れたクチビルにナイショなしぐさで人さし指をあてがった。
「……しー……」
この人目をはばかる逢瀬は、わたしたちだけの秘密だから。このときめくような心地をジャマしないで。
「ピキ……ッ」
イラ立ちが脳裏に走ると、赤ずきん男が苦悶の声を上げた。
「あがぁああぁッ?」
おにいをつかむ腕を、三人の乙女がぞうきん絞りにする。赤ずきん男にあらがう間も与えず、そのまま腕はグニャリと。解放されたパックを、乙女はお人形をかわいがるように抱えて連れていった。
まだ安心じゃない。イヤな感覚が神経に障る。
「ピリピリ……ッ」
赤ずきん男の足元から、わたしのうっぷんが噴きだした。たちまち乙女たちを形づくり、赤ずきん男の脚に、胸に、背中にすがりつき、がんじがらめで抱きしめる。
「ギヂギヂギヂ……ギヂヂ……!」
肉が裂けても、骨が砕けても、それでも絶対、放してあげないよ。
おにい奪還は一瞬の活劇で、赤ずきん男に懺悔の時間は与えなかった。安堵が心の間口を広げ、洗いざらいの愛憎がほとばしる。
「もう大丈夫だよ、おにい……」
足元に目を向けると、わたしの足は嵐のように渦巻く根っこに埋もれていた。
「ヴゥゥォォオオオオ……! ヴゥォォオオ……」
枝々が伸びていく。胸元を抜けてホオへと伝い、服をえりから引き裂く。伸びていく枝々は、小ぶりな楕円の葉っぱを青々と茂らせた。このかわいらしい葉っぱは「ゲッケイジュの葉」だ。葉っぱはわたしの髪にも品よく茂り、まるでほまれの葉かんむりのようにわたしをたたえてくれた。
わたしは手のひらを天にあおいだ。怒りも悲しみも、イヤなモノは忘却の彼方へ。今はただ、ステキな夢に酔いしれていたい。このときが、ずっと続けばいいのに。
「……ゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウヴヴズオオオッ!」




