(42)観客について アトロゥいわく
「待ちなぁッ!」
クソッ、遊びすぎちまったか。今度のはデコ女の声じゃねぇ、この声は――デコ女がいるのとは反対の側へ、オレは目をやった。
あぁ、そうだ。カイナってゴリラ女だ。そのカイナが、ふたたびわめく。
「おい、メスゴブリィンッ! その男を放しな! コイツと交換にしてやるよッ!」
目を向けた先にいたのは、カイナだけじゃなかった。ブライムとシルバーンと、それからシルバーンに捕まっているヤツがもうひとりいる。なんだ、あのチビは。若草色の髪はオレと同族のようだが、長い耳がしおれるようにへたれていて、みっともねぇザマだ。頭には花かんむりなんぞ被せて、絵に描いたようなトンマだな、ありゃあ。
カイナのごつい手で、しおれ耳のチビはアゴを掲げられるようにつかまれていた。その顔はホオを腫れさせ、ブタ鼻から血を滲ませている。
デコ女の叫びが、苦虫をかむような声音で小さく聞こえてきた。
「……プーカ! あんたは弱っちいんだから、来んなってのに……もぉッ」
それを聞いてか、しおれ耳のチビがうなり声を上げながら暴れだす。
「……んぅーッ」
首を振ってカイナの手から逃れ、その手へしたたかな勢いで噛みついた。
「がぶぅッ!」
カイナは大口を開けて白目をむき、声にならない叫びといった様子。そんなコメディの一幕に、シルバーンはうすら笑いをひょう変させた。
シルバーンはチビの脳天をワシづかみにして、鬼の形相で地面へたたきつけた。
「バダァン!」
どうやらしおれ耳のチビは後ろ手に縛られていたようで、受け身もなく地面になすられている。そのままシルバーンは覆いかぶさり、しおれ耳へ顔を寄せて何やらささやき始めた。
「……ヘッ、大人しくしやがれって……後でたっぷりと、かわいがってやるからよぉ……」
聞いたような脅し文句をほざき、ふたたび表情を一変するシルバーン。目をむいて笑みをこぼすと、しおれ耳をひと舐めし、食いちぎらんばかりにかみついた。
「べろおぉぉ……がぢぃッ!」
しおれ耳のチビは押さえつけられたままで、嗚咽じみた悲鳴が大地にくぐもって響く。
「ぎあッ!……ぁぅぅぅ……ッ」
どいつもコイツも羽虫みたいにたかりやがって、三文芝居はよそでやれってんだ。テメェら端役と違って――
「……オレ様の泣きどころは、安くねぇんだよ……」
手元へ視線を戻すと、クソガキは泡を吹いて白目をむいている。いい加減に始末をつけねぇと、コイツの身体が死んじまったら元も子もない。しかしなぁ、観客が多すぎるぜ。ひとりふたり逃がしちまうかもしれねぇが、それでも背に腹は代えられないか。
ふたたびオレは、シルバーンの方へ目を向け――ってクソッたれ、なんてこった。オレの視線の先には――
「もう一匹、いやがったッ!」




