(39)奇襲について ワッピティいわく
「……ワッピティ。すまないけど物見の山まで引き返して、パックたちの様子を見に行ってくれないか。何か胸騒ぎがするんだ……」
なんてブバホッドが言うから戻ってみれば、誰もいやしないし。そしたらかすかに指笛の音が聞こえてくるんだから、まいっちゃうよ、もう。
「……ピュゥゥゥゥゥゥィ……」
この信号は交信不可の緊急用だ。聞こえてきた方向は、ブバホッドと向かった先とは別の方角。おそらく先刻に物見の山でキャッチした、もうひとつのティット・トットのさえずり――ってことは、別のストレンジャーがいる方角。状況から推して、独断専行したパックに何かあったんじゃ。
「仕方がない、とりあえず行ってみるか!」
なんて確信のないまま進んでいくと、ふたたびかすかな指笛の音。でも今度はデタラメで、なんの信号にもなっていない。やっぱりパックがヘマやらかしたんじゃ――
「あぁー、もぉーう! パックのバカたれぇーいッ、どこだぁーッ!」
なんて呼びかけたって、返事のないことは分かっている。でもどっちみち耳をすませなきゃならないのだからさぁ。
「……ビィィィィィィ……ィィィプッ……」
そんなワケでティット・トットのさえずりを頼りに進んでいくと、オオカミたちとやり合っているストレンジャーを発見。とりあえず遠目から様子をうかがう。
ストレンジャーの数は五体。立ち回りを見るに、それなりにできる連中のよう。いっぺんに相手をするのは、ちぃーっと厄介かなぁ。
やがてオオカミが退き、ストレンジャーたちは五人そろって歩き始めた。ドコ行くんだろ。
尾行を続けていると、最後尾のヤツが立ち止まった。なんか妙な格好をしたヤツで、魔女みたいな帽子を被っている。長柄に鉄球のついたアレは、杖みたいに使っているけど「鉄槌」かな。
そんな女に前の連中は気づかず、ズンズン進んで離れていく。これは――
「……チャーンス……」
数を減らしておくか。魔女帽子の女を目指し、草木の陰を渡って距離を詰めていく。
「そろり……そろーりぃ……」
おや、なんかアイツひとり言を始めたな。ちなみにあたしは、ちっとばかしストレンジャー語にたしなみがあったりする。ブバホッドがさぁ、狩りの役に立つからってさぁ、オシアンとこに無理やり連れていかれてさぁ――なーんて、ちゃんとお勉強してるあたしってば、けなげぇ。
さて、聞き耳っと。
「……ん、もぅ。ダーリンったらぁ……お顔にゴブリン汁からケダモノ汁まで飛ばして、はしたないんだからぁ……マハが、拭き拭きしてあげるぅ……」
んー、言ってることは大体こんな感じか。たぶん。
それから女は、鉄球を手近の葉っぱで撫で回して息をかけた。ふたたびこすって息をかけ、それを繰り返す。
「コキュ、コキュ……ほぉー……コキュ、コキュ……ほぉー……」
ダーリンって、あの磨いてる鉄槌かね。なんかヤバいなコイツ。にしてもゴブリン汁って、やっぱりパックだろうか。
うーむぅ。こういうヤカラはどうせ話が通じないし、そもそもストレンジャー語なんて苦手だし、案ずるより産むが易しっていうし――うん。サクッと殺っちゃお。
魔女帽子の後ろへ、あたしは足音を忍ばせて近づく。
「そろ……り……そろー……りぃ……」
よぉし。首尾よく、魔女帽子の背後へ到着。女はブツブツと何かつぶやきながら、磨き終えた鉄球を見つめ続けている。
あたしの手には持参した斧。しっかりと両手で握ってぇ――大きく振りかぶってぇ――力の限りに、おんどりゃあぁあ――
「あ」
特大の舌打ちをかましながら、こちらへ振り返る魔女帽子の女。
「……ちぃッ!」
それと同時に、猛烈な勢いで飛んでくる鉄槌のヘッド。あたしが振り下ろした斧の刃は、鉄球に殴られて弾かれてしまう。
「ガィィィイィンッ!」
殴り飛ばされた肉厚の鋼が、あたしの身体を引っぱって持っていこうと――
「くぅ……うんッ!」
まだまだぁッ。下半身をねじり、なんとか後ろ回し蹴りを繰りだす。
「ベチィ!」
女の顔面にヒット。でも手応えは浅い。
体勢の崩れた女は、背後にあった立ち木へ中腰で背中を預ける格好に。だからって姿勢を正すヒマなんて、与えてやるわけないっつーのッ――
「ふんぬぅ!」
あたしは大股で両足をふんばり、無理やり身体を引き戻した。そしてすかさず、ふたたび斧を振りかぶる。女は体勢を立て直せないまま、鉄槌を水平に掲げてガードの構えを取った。けれどあたしは、もう止められない。このまま、イッたれぇーッ――
「こんにゃろめぇーッ!」
三つの音が共鳴して響いた。
「バァギィイィィィィイイィンッ!」
ひとつは斧の木柄が砕ける音。ひとつは鉄槌の金柄が「く」の字に折れる音。そしてもうひとつは、重厚な鋼にかち割られるズガイコツの音。
立ち木へ背中を預けたままだった女が、背中を滑らせてあぐらをかいた。
「……ずるりッ」
その両手に抱えられるのは「く」の字に曲がった鉄槌。それから頭には、ニワトリみたいに「トサカ」を飾っている。魔女帽子を背後へピン留めするように、鋼の刃が幹に食いこんでいた。
あたしはしびれる手をさすりながら、ひとり言で痛みを散らす。
「……痛ちち……あー、痛った!」
大ケガはしなかったけど、斧はぶっ壊れちゃったなぁ。えーと、アトロゥってヤツに乗っとられないように、心臓は潰しとくんだっけ。おっと、コイツ腰にイイ物を提げてんじゃん。
「あんたの剣、使っちゃうよーっと……」
魔女帽子の女が携える細剣に、あたしは手を伸ばした。それにしてもなんでコイツ、あたしが後ろに来ていることを分かったんだろ。そんなことを考えながら細剣に触れようとすると、あたしの目の端に光が入った。
「ピカ……ッ」
ふと目を落とすと、そこにあるのは「く」の字に曲がった長柄と、それからその先端に付いた鉄球だった。ヘンテコなデザインの鉄球は、景色が映りこむほどにピカピカとテカっている。鉄球に映る景色には、それをのぞき込むあたしの顔があった。それと――
「……ふん、ふふーん……なーるほどねー……っと……」
それとあたしの後ろに「大剣を振りかぶるストレンジャー」の姿も映っていた。なるほどね、これで分かったってワケか。あたしは右へ、全力で横っ飛びをした。
「ぴょんッ」
あたしのツインテールがたなびき、鋼の刃がかすめる。振り下ろされた大剣が、直前まであたしが立っていた地面を割く。
「ザブッ!」
体勢を考えずに飛んだので、あたしは四つん這いで着地。間髪入れずに四肢を使って上に跳ねると、ふたたびあたしが今までいた空間を大剣がなぎ払った。
「ブゥン……!」
この黒髪の男、このデカい剣をなかなかの速さで振り回すな。けどストレンジャーとのタイマンで、ユグレナが後れを取るなんてあってたまるかっての。たとえ今は丸腰で、たとえ今は空中にいるとしてもッ――
「てぇいッ!」
わたしが放った回し蹴りが、男の横ツラをひっぱたく。
「ベヂィンッ!」
男はひるんだようで、一歩後退した。けどすぐさま殺気を取り戻し、構えを作り直す。大剣の逆けさ斬りが、地面を割きながら繰りだされる。
「ザザァァァアア……!」
たとえ攻撃範囲が広くたって、そんな大振りが避けられないとでも――ユグレナの跳躍力をなめるなッ。
「びょん!」
あたしはもう一度、さらに高く跳んだ。身体を前方に倒しながら、チョイ後ろへ。あたしの足を斬撃が削ぎに迫る。
「ブゥゥウン……ッ」
足を引き抜くようにかわしながら体勢を縮め、背後にある立ち木の側面へ両足を接着。
「……タンッ」
照準に捉えるのは眼下の敵。大振りの一撃を外して身体が伸び、この一瞬だけ無防備になっている黒髪の男ッ。
「ダンッ……」
立ち木で自分の身体を押しだして射出。さらに前方宙返りで回転の勢いも加えて――
「どぉっせえぇーいッ!」
あたしが繰りだした「かかと落とし」が、男の脳天にクリーンヒットする。
「ゴスゥウンッ!」
その脚を、そのまま思いきり振り抜くッ――
「ふんぬぅ!」
男の頭が、その胸ぐらへ埋まるように折れ、すぐさま背中まで跳ねる。男は立ちつくしたまま、その手から大剣が放されて地面に落ちた。
「……ゴトンッ」
男の頭が正しい位置に戻り、あたしと目が合う。
「ぐらぁ……」
いや、合ってないか。男は白目をむき、背中から大の字で卒倒した。
「ばったーん……ッ」
そして立っているのは、このあたしひとりだけ――
「んふぅーッ……思い知ったかストレンジャー! このあたしの背中を取ろうなんざ、三百年早いってーの!」
仁王立ちで決めて――
「ドヤ!」
なんて、ちょっと危なかったかも――
「……さて、トドメはコイツの大剣でいいか」
あたしは息を整えつつ、地面に転がっている大剣へ視線を落とした。大剣のかたわらに、男が背負っていた荷物が散乱している。珍しい物はないようだが、その中でなぜか麻縄の束が目に付いた。
「ふーん、麻縄かぁ……麻縄ねぇ。うーむぅ、麻縄……よぉし」




