(38)戯言について シルバーンいわく
害獣の群れを退けたオレたち五人は、森の小道にいた。
こんな森、さっさとおさらばして、街に繰りだして、酒かっ食らって、女抱いて、とにかくパァ―っといきたいところだが。アトロゥの野郎、いったい何考えてやがる。はぁーあ、とっとと報酬を払いやがれってんだ。
そんなことを考えながら、オレは五人の先頭を歩いていた。同じくカイナが先頭にいて、オレの隣を歩いている。このタフネス過ぎるガタイの女は、悪いがオレの好みじゃねぇなぁ――なんてチラリと見ると、カイナと目が合って話しかけてきた。
「ねぇ、シルバーン。さっきのアトロゥなんだけどさぁ……アイツって、あんなにガタイよかったっけ?」
「さぁ? 野郎の身体になんぞ、興味ねぇよ……んなことより、あのずきん野郎。ゴブリン一匹にこだわりやがって、いったい何がしてぇんだ。まともにカネは払うんだろうな?……よぉ、ブライム。どう思うよ?」
オレはカイナに答えながら、オレとカイナの後ろ――三番手を行くブライムへと横目で視線を送った。ムダに風格があるヒゲづらの巨漢は、ムダに威厳がある低音で答えを返してきた。
「さてな。前金の払いは、ずいぶんと気前が良かったが……オレは金よりも、カイナたちの先ほどの話が気になるな」
カイナの話ってぇと、アレね――
「……はぁー」
オレは手持ち無沙汰に、えり元の銀毛をひと撫でしてブライムの話を引き継いだ。
「あのゴブリンが、木のバケモノに変身するって話か? ヘッ、くっだらねぇ。おおかた風で枝葉があおられたか、さもなきゃ朽ち木が腐って倒れたんだよ! 木のウロやら、コブやら、見間違えてさぁ……要はビビったんだよッ。まったく情けねぇ」
意気地のねぇ連中だ、お笑い草だぜ。思わず顔を緩ませるオレに、カイナが言い返してきた。
「そりゃあ、見てないヤツは信じられないだろうけどさぁ……いや、わたしだって信じたくないけどさ。確かにあのゴブリンはデカい木に変身して、しかも動いたんだってば!」
「にわかには信じられんが……しかしあのずきん男が執ように狙うからには、それなりに理由もあろうし……」
オイ大将、そのデカい図体でオカルト趣味かい。それともロマンチストってかよ。何を真剣に応じてんだか。
オレはブライムの言葉を聞き流し、例のバカみたいな話も引き合いに出してやった。
「……んで、その魔法の力をアレで……グレイプニルだかで封じてんのか? あのどっからどう見ても、ただの麻縄で?」
とぼけた顔を作るオレに向かい、カイナが口をへの字にしてにらんできた。いやぁー、ウブなガキンチョみてぇで、からかいがいがあるねぇ。
一方のブライムは――この大将、天然なんだろうなぁ。おちょくってんだかマジなんだか、真剣な口調で言い始めた。
「何か仕掛けでもあったんじゃないか? 例えばデク人形のような物を、ゴブリンどもがヒモでつるして――」
「だぁーかぁーらぁー!……あーもうッ、バスタも言ってやってよ!」
そう言いながらカイナが振り返る。オレもつられて振り返ると、もちろんそこにはブライムのデカい図体がある。そしてその後ろには、バスタとマハが――いたはずなのだが、見当たらない。
オレたち三人は振り返ってキョロキョロと背後を眺めたが、ふたりの姿は影も形もない。はっはーん、あいつらまさか――
「バスタのスケベ野郎……マハとシケこみやがったなぁ? まったく、こんな陰気な森でよくやるぜ」
オレの言葉に、カイナがあたふたしながら言った。
「冗談言ってないで、ふたりを探すよ! この森、ちょこちょこ地形が変わるから、地図だってあんまり信用できないんだからね!」
ガタイに似合わず、かわいらしい反応しちゃって、まぁ。そんなカイナの言葉へ、ブライムが低い声をさらに落として返事をした。
「……迷子探しは後回しだ」
ブライムはオレの背後へ目をやっていた。そのただならぬ緊張感に、オレとカイナはブライムの視線の先を追って振り向いた。
害獣が一頭か。四つん這いな毛むくじゃらだが、さっきのワン公とはまた別の、もっと大物だ。まぁるいおみみと、つぶらなおめめで、まるでぬいぐるみちゃんな容姿。そんな見てくれの超重量級で、巨体を揺すって地面にツメの痕を刻みながら迫ってくる。
「のっし……のっしッ……のっし!……」
肩がコブのように隆起を繰り返し、モサモサとした体毛の内側に大量の筋肉を想像させる。要するにクマのたぐいなのだろうが、さっきのオオカミ同様にふざけた緑色の体毛をしていた。
そんなクマ公が後ろ足で立ち上がった。
「ぬぅ……」
コイツはデケェな。オレたちのなかで一番の大男なブライムが見上げていやがる。体格なら大将五人分か、それ以上じゃねぇのか。
クマ公はふたたび前足をつくと、うなりながら徘徊を始めた。
「グゥォオアァー……!」
突進してくるかと思うと後退し、それを見せつけるように繰り返す。これは威嚇だな。やる気ってかよ、ピエロ色のぬいぐるみ野郎が。
カイナとブライムが、クマ公を囲む陣形に移動を始めた。コイツらとの連携に、今さら言葉はいらない。
オレはふたりの中央で不動のまま、ゆっくりと弓を手に取る。丁寧に矢をつがえながら、律儀なオレは畜生相手にも敬意を払い、宣戦を布告してやった。
「……千両役者のおでましじゃねぇか。ヘッ、サーカス見物もようやくタケナワかね?」




