(37)魔獣について バスタいわく
シルバーン、マハ、カイナ、ブライム、そしてオレ。オレたち五人は、アトロゥから離れて木々の間に歩を進めていた。アトロゥに周囲の哨戒を要請されたが、この魔性の森で警戒すべきは、当然にゴブリンだけではない。
オレたちの目前へ、緑色の体毛を持つ大アゴの魔獣――フェンリルが現れた。オオカミは通常、群れで狩りを行う。オオカミの眷属であるフェンリルたちも、やはり習性に従って七匹がオレたちを取り囲んだ。
「グルルゥゥ……ゥゥウウゥッ!」
大きな立ち木を背にし、オレたちは扇型に展開しておのおのの武器を構えた。先鞭をつけたのはシルバーンで、さっそく愛用の弓を引き絞った。
「ギリリィ……ッ」
シルバーンの右手には、つがえた第一矢と替えの第二矢。その矢柄にかかる指のフックが、弾かれるように直線に伸ばされ、第一矢が放たれた。
「ヒュゥゥゥン!」
その射線には、しっかりとフェンリルが捉えられている。だが魔獣は身をかがめ、その体毛をかすめるばかりで矢は外れた。しかしシルバーンほどの手練れにとって、それは計算済みのことだった。第二矢は間断なく、すでに放たれていた。
「……ブズリッ!」
魔獣の右目、その深くまで突き刺さり、フェンリルの一匹目が仕留められた。
それで終わるわけもなく、フェンリルたちの猛攻が始まる。二匹目のフェンリルが上下の鋭いキバをむき出しにし、マハへと飛びかかっていく。そんなフェンリルの口内へ、人面鉄槌が叩きこまれた。
「ガチィンッ!」
鉄球はそのまま大アゴへねじ込まれ、フェンリルは地面に押さえつけられた。あがくフェンリルの頭部には、カイナが鋼で武装したゲンコツをお見舞いする。
「ドドドドスッ、ドスンッ!」
だがそれと同時に、攻撃中の無防備なカイナを狙い、三匹目のフェンリルが飛びかかっていく。
オレは大剣を握る両手に力を込めた。刃を水平に倒し、重心を前へ移動させながら構えを作る。このまま見ているだけじゃ、名がすたるぜ。カイナの露払いはオレが――
「せりゃあーッ!」
気合いとともに放つ、なぎ払いの一撃。だがオレが放った斬撃は、頑強なキバに咬みつかれ、威力を殺される。
「ガキシ!」
フェンリルはうなり声を発しながら首を振り、オレから大剣を奪い取ろうとする。
「ウウウウゥッ……ウウゥッ、ウウッ!」
すんなりと恰好をつけさせてもらえるほど、ヤワな相手じゃないか。
一方、マハは腰に携える細剣を抜き放った。その切っ先が目指すのは、雨あられの連打で頭の形を変形させたフェンリル。半死半生のままでピクピクと引きつらせる身体を、きゃしゃな刃がつらぬく。
「ブヅンッ」
流れ作業のような精密さとすばやさで、二匹目の心臓がひと突きにされた。
そしてオレの大剣をくわえ続ける三匹目には、ブライムが加勢に入る。その背中に負われる大太刀が抜き放たれ、次の瞬間には閃光が踊った。
「ササササァンッ!」
ほんのひと息の内に、魔獣の身体へ無数の刀キズが出来上がる。絶命にはいたらなかったようだが、フェンリルはひるんでアゴをゆるめた。
つまり大剣は解き放たれ、ふたたびオレの見せ場ってことだ。うなれ、オレの大剣よッ。
「ザンブッ!」
必殺の縦一文字が三匹目の命を両断にした。オレとしたことが、少し手こずったか。さぁ――
「次はどいつだ……かかってこい!」
熱くなるオレとは対照的に、シルバーンは冷静だった。
シルバーンはふたたび矢をつがえると、構えたままの姿勢で不動になった。フェンリルを十分に引きつけ、大アゴを開けたと同時に矢が放たれる。キバのすき間を縫い、魔獣の口内に入った矢が脳天まで貫通。
「ブジゥッ!」
宙で即死した四匹目は、勢いあまってシルバーンに覆いかぶさる。のしかかるフェンリルを、シルバーンは蹴り飛ばした。
「ドゲィッ」
これで大地に転がるシカバネは合計で四つ。シカバネは単なるズダ袋と化し、それ以上になんの変哲も見せない。過半数を失ったフェンリルたちは、すごすごと退却していった。
走り去るフェンリルを眺めつつ、あぐらの体勢になってシルバーンがぼやいた。
「サーカス見物も、いい加減ウンザリするぜ。カネは先に貰っとくんだったな……あの、ずきん野郎め……」
魔性の森の奥で、気になるのはアトロゥとの報酬契約か。ハッキリ言って皮肉屋のシルバーンとは反りが合わないが、この泰然自若とした神経は称賛に値するだろう。
戦闘を終えたオレたち五人は、森の小道へ歩みを再開した。カイナ、シルバーン、ブライムの後ろを歩きながら、オレはフェンリルに思いをめぐらせていた。
野獣が死して木になるなど、あるはずがない。だがこの狂想の森に生息する魔獣ならば、あるいは可能性もあるのでは――などとも思ったが、先ほどのフェンリルは何事もなくシカバネのままだった。やはりオレの思い違いなのだろうか。それとも――ふと前を見ると、三人からずいぶんと離れている。
「フ……ッ、考えすぎだな」
そもそもそんなこと、どうだっていいじゃないか。皆に追いつかねば。そういえばマハはどこだ。オレのすぐ後ろを歩いていたはずだが――
「……マハ?」
振り返るとマハがいない。いや、いた。ずいぶん離れたところ、木々と草やぶのすき間に、マハのまっ黒いトンガリ帽子がポツンとのぞいている。まったくマハには手を焼かされる。もう少し協調性というものを――って、今の状況で――
「オレが言えた義理じゃないか……フッ」
などと自嘲しつつ、声をかけようとしたそのときだった。オレの目に映ったのは、トンガリ帽子の間近でひらめく、不吉な「ニビ色」だった。それはくすんだ金属光沢であり、マハを襲う「凶刃」が発っするまがまがしいオーラだった。
考えるよりも先に身体が動き、オレは駆けだし――待て、冷静になるんだ。精神と肉体にブレーキをかけ、振り返って皆に大声で呼びかけた。
「みんなぁーッ! マハが――」
だがオレの呼び声は、例の怪鳥のけたたましい叫喚にかき消される。
「ビイイイイイイイィィイイィィィプッ!……ビイイィイイ……」
いまいましいブサイク鳥め。逡巡している時間なんてない。大切な仲間を見捨てるわけにはいかないのだから。たとえオレひとりであろうと、立ち向かわなければならないんだ。
「オレが行くまで無事でいてくれ! マハッ!」
覚悟の言葉を発しながら、マハの元へとオレは疾走した。




