(40)交換について アトロゥいわく
クソガキの首をくくる麻縄を、張って、たるませ、また張って――クソガキの命は今、オレ様の手中にあった。
「……だからよぉ、ヤドカリってぇのはテメェの成長に合わせて、もっと大きなカラに乗り換えていくだろ? オレだってさぁ、日々成長してるんだろうなぁ、なーんか窮屈で物足りねぇ。かよわいこの身を守るためにも、より大きなカラが必要なのは当たり前じゃねぇか、なぁ? いわばアレだな、アレ……宿を欠き宿に駆られるヤドカリは、借りて掠める仮初めの殻……つってなッ、うめぇだろ! ヒャハハハ!……しかしなぁ、オイ。テメェのその無様にたるんだでっぱらはなんだよ。今拝借してるコッチの身体の方が使えんじゃねぇのかぁ、あぁん?」
いやぁー、親子の語らいは楽しいねぇ。しかし実際のところ、今のこの身体は相当に屈強で有用。捨てがたいものがあるのは、まったくもっての事実。あぁーあ、もったいねぇ。だが、そろそろ余興も幕引きの頃合いだ。
左腕でつかんでいた首の麻縄から、オレは手を放した。お次は右手に握るこの短剣で、クソガキの胴体をつるす命綱へ引導をくれてやる。
「……ぶちッ……ちッ……ぶつん!」
逝った。ということは、残る一本の麻縄にクソガキの全体重がのしかかるワケで。
「……ギギッ……ギリィ……ィ……」
クソガキの首に食いこみ、その顔面が赤から青へと変わっていく。こりゃあ、なかなかに笑えるぜ。もはや意識も切れぎれって感じだなぁ――
「……さすがに同族は首なじみがいいぜ。しかしこの身体じゃあ、あの異能はほとんど使えねぇ。オレ様のタネから育った代用品が必要なんだよ。なぁ、接ぎ木って知ってるか? 木をチョン切ってなぁ、そこに別の木を挿しこむと引っついてひとつの木になるのさ。その便利なオマエの身体でも、後で試してみるといいぜ。まぁ、生首になっても意識があればだけどなぁ。ヘッヘ……」
言いながらオレは、自分の首の「接ぎ目」を引っかいた。
「ぽりぽり……」
癒着は挿した瞬間に終わっていて、今はささくれ立ってガサガサのブヨブヨ。不快でそそる感触に、悪寒とも快感ともつかないゾクリとした震えが走る。そんな心地に浸りながら、オレは短剣を構え直した。
短剣は木彫りで、相変わらずにオモチャみてぇだ。細かい細工があしらわれていたはずだが、無数のカケによって消えかけている。ボロっちいな――って、オレが付けた歯形かッ。木の諸刃も積年の創痕にこぼれ、刃物の脅威なんてものはカケラも感じさせやしない。こんなモンがウソみたいにスパスパと斬れるんだから、まったくふざけていやがるぜ。
「……さて、ずいぶんと余興に時間を使っちまったな。そんじゃあ、返してもらうぜ。そもそもその身体は、オレが用意した、オレのための予備なんだからよぉ……」
送別のあいさつを述べながら、オレは左手でクソガキの脳天をつかんだ。そして右手に握った短剣を、クソガキの首スジへ。
「ツー……」
刃が触れ、ひとすじの血が流れて――ってところで、横やりが入りやがった。クソッ。
「待ちなぁッ!」
なんだよ、うるせぇな。水を差しやっがて、いったい誰だテメェは。
声の方を見やると、そこにいたのは「ふたり」。ひとりは緑髪を左右ふたつに結い、富士ビタイをまる出しにしている女。普通に考えて、この状況でしゃしゃり出てくるのはクソガキの仲間だろうな。
そのデコ女が何やらわめいている。
「……ストレンジャーふんじばって、ようやく聞き出したと思ったら危機一髪になってるし……もぉーう、パック! まったく世話ないんだからさぁ!」
それからもうひとりは、そのデコ女に踏まれて這いつくばっている。後ろ手に麻縄で縛られ、顔面はタンコブと青タンをこしらえ――って、ありぁバスタか。ヘッ、モブ顔がずいぶんと男前になったじゃねぇか。
バスタはデコ女に踏みつけにされ、その頭を地面になすられている。
「にじにじ、にじじぃ……」
男前な頭のかたわらには、ヤツが得意げに背負っていた大剣が突き立っている。デコ女は大剣の柄に手を乗せ、バスタを踏み台にしたままでほえ始めた。
「おい、ずきん男ぉッ! ソイツを放しな! コイツと交換にしてやるよッ!」
デコ女はそう言いながら、踏みつける頭へさらにグリグリと裸足をねじり込んだ。
ケッ、なんだよ驚かしやがってくっだらねぇ。オレはデコ女に向かい、バスタの価値を端的に教えてやった。
「いらねぇよ。そんなゴミ」
デコ女は目をしばたたいて口をパクパクと、バカみてぇな反応をしてやがる。ストレンジャーなんぞに構うワケねぇだろ。
さて、どうする。弱点を見せ物にするマネはしたくねぇが、デコ女ひとりくらいなら、仕留め損なって逃がすようなヘマもしねぇか。
オレはクソガキに向き直り、急いで始末をつけることにした。だが、そんな矢先だ。
「待ちなぁッ!」
クソッ、遊びすぎちまったか。今度のはデコ女の声じゃねぇ、この声は――デコ女がいるのとは反対の側へ、オレは目をやった。




