(35)弱点について アトロゥいわく
念のため、もう一発クソガキの顔面をぶん殴っておく。
「ゴスッ」
よし、失神しているな。今のうちにストレンジャーどもに命令して、逆さづりになっているクソガキの天地を正し、もう一度宙づりにさせる。クソガキをつるす縄は二本。一本はピンと張って両腕もろとも胴回りをグルグル縛り。もう一本はわずかにたるませて首にくくっておく。
余興の準備はこれでよし。お、クソガキが目を覚ましたか。
「……ぅ……ぁ……」
まだ死んでもらっちゃ困るからな。せいぜいもがきやがれよ――
「ケケッ……ほらほらぁ……」
愉快にクソガキをこづきながら、オレはストレンジャーどもに命令を発した。
「よしよし、テメェらはもういいぞ。まだほかにもゴブリンどもが、うろついているかもしれねぇからな。そこらの哨戒でもして、小一時間したら戻ってこい……さっさと行け」
子分にしてやったストレンジャーは十人近くいたはずだが、とりあえずここにいるストレンジャーは五人だった。しかしどいつもコイツもクソナマイキで――あー、めんどくせぇ。
「……ちッ」
舌打ちしやがった赤毛の女は、たしか名前はマハだったか。
このアマ、オレの話を聞いてんのか。こっちを見ねぇで、鉄槌の人面ばかりを眺めてやがる。細っこいなりして鉄塊を振り回してるんだから、それなりに力はあるみてぇだが。コイツは微妙に会話が成り立たなくて扱いにくい。
「ハァー……ったく、手間かけさせやがって。いったいどういう余興だ、こりゃあ?」
ナマイキな口をききやがるこの野郎は、シルバーンだったか。
ちぢれた銀髪をした長身の男で、えり元を白銀の獣毛で飾り立てる嫌味な野郎だ。オマケに顔面には不遜な冷笑が常に張りついていて、つまりはくたばりやがれッ――ってな具合に、とにかくいけ好かない野郎だ。しかし身体つきは引きしまった筋肉塊といった印象で、それもまたいけ好かねぇ。
「コイツが例のゴブリンか。ふーん……確かに、頭に枝が生えているな。面妖というか、奇怪というか……」
余計なことを気にしてんじゃねぇよ。コイツの名前はブライムとか言ったか。
脂肪まじりの逆三角といった身体つきの巨漢で、黒髪のモミアゲが黒いアゴヒゲとつながる様は、さながら黒いライオンか、あるいは顔面に黒い額縁をハメているバカったれかな。額縁に収められているのが、粗野な駄作で残念だなぁ、オイ。
「じとー……」
無言でオレに熱い視線を送りやがって、カイナとかいう名前だったか。白金色の髪をして、マッチョな身体つきの女だ。いつまでジロジロと、オレの身体を見ていやがる。サカってんのか、このメスゴリラ。
残りのひとりは、これといって特徴のない黒髪のモブ野郎だ。唯一目立つのは背中の大剣くらいだな。コイツの名前はバスタだったか。カイナとバスタのふたりは、クソガキの「異能」を見ていやがる。今は余計なことを言いだす前に、どこぞに追っ払っちまいたいが――しかし何をウダウダとしてやがるコイツら。
バスタの野郎を見ると、クソガキを縛るために使った麻縄を手にして眺めている。
「……しげしげ……ふむ……」
そういえば舌先三寸で適当にこじつけたことを、やけにコイツだけ真剣に聞いていたような。オレに向かって、バスタが感心したような口調で言い始めた。
「なるほどな。確かにあんたの言う通り、これは魔獣の異能を封じる拘束紐……魔封のグレイプニルに相違ないぜ。何しろ『アレ』を抑えこんでしまうんだからな。コイツの変身は――」
「とっとと、散れぃッ!」
オレの怒号に五人の子分どもは、しぶしぶ、ヤレヤレ、ぶ然、ムッツリ、うわの空――五者五様の反応を示し、ようやく木々の向こうへと立ち去った。あー――
「……ったく、ウザってぇ……」
ジャマな連中を見送ってから、改めてクソガキに向きあう。サルぐつわをかむ顔面の、その鼻先へグイっと顔を寄せてやると、クソガキは蹴りを入れようとしてきやがった。せっかくだから、カワイらしい悲鳴でつき合ってやる。
「ひゃあん!」
ヒョイとかわし、すかさずオレはグレイプニルこと麻縄をむんずとつかんだ。
今のオレの身体は、ずいぶんとパワフルだからなぁ。片腕一本でも、こんなことができちまう。クソガキの首にくくられた縄を、一本釣りの釣果を誇るような具合にグイっと持ち上げ――
「……おーっととッ」
ピチピチと暴れやがって活きがいいぜ。麻縄がクソガキの首に喰いこみ、腫れ上がった顔面がうっ血でさらに赤くなる。
「かはッ……ぁ……」
うめくクソガキを眺めつつ、オレはふたたび短剣を取りだした。クソガキの胴体をつるす方の麻縄へ、ゆっくり、そっと、慎重に短剣をあてがう。
「……ぶちッ……ちッ……ぶちちッ……」
その繊維のよりをほどくように、麻縄はゆっくり、そっと、慎重に切れ始めた。
「……ぐぇ……ぇ……」
さらにうめくクソガキへ、親子で語らうヒミツのナイショ話だ。オレは顔を寄せ、そっと耳にささやいてやった。
「……その身体の弱点はよく知ってるぜ。大地に根を下ろして養分を吸わなきゃ、枝葉は伸ばせねぇだろう? よくよく用心しなきゃあ、寝首をかかれるぜ……」




