(34)警告について パックいわく
「ビイイイィィィイィィィィィプッ……ビイイイィィイィィ……」
――という鳴き声を聞きながら、オレはアトロゥを追って森の悪路を走った。かなり引き離されてしまって見失いかけながら、そりゃあもうやっとこさっとこだった。
「ハァ、ハァ、ハァ……ハァ、ハァ……」
なるほどな。ヤツの身体は、ボガートってわけかよ――
「ハァ、ハァ、ハァ……速いなッ、ハァ……」
ユグレナはストレンジャーに比べれば小柄な者がほとんどだ。だがユグレナの身体能力は――一応、オレもふくめて――並のストレンジャーのそれを上回っている。なかでもボガートは指折りの腕っぷしを誇っていて、かなりの大柄な豪傑だった。その身体を使うアトロゥは、枝から枝への跳躍においてさえ脱兎のごとくで、オレは汗みどろの有り様だった。
そんな追走劇は突然に幕切れとなり、オレは急停止をしいられた。
「ハァ、ハァ、ハァ……ハァ、はあッ?」
右足首に強い衝撃を受け、たちまちオレの身体が跳ね上がる。
「ぐいぃんッ!」
落ち葉を舞い上げ、天地が転倒し、ワケがわからないまま目を回して――それは突然の、逆さまの宙づりだった。
舞い落ちる木の葉に包まれ、オレはクルクルと回りながら、ようやく事態を把握する。くくり罠によって、オレは右足から一本釣りにされたのだった。
「ビイイイイイィィイィィィィィィプ!……ビイイィィィィ……」
ひときわ大きなさえずりが聞こえてきた。いや、さっきから聞こえていた。聞こえていたというのに、オレは必死だったのだ。ティット・トットは警告し続けていたのに、オレはなおざりにしてしまったのだ。
今さらの後悔だった。「一基」や「二基」なんて数じゃ、済まないのだろう。アトロゥ一味が設置した無数の「くくり罠」地帯へ、まんまと誘われてオレは踏み入ってしまったのだ。
どこからかアトロゥの声が聞こえてくる。
「……ゼェ、ゼェ、ゼェ……マヌケが……チョイと、おちょくってやりゃあ……ノコノコと、ついて来やがるぜ……ハァ、ハァ、ハァ……よし……テメェら顔だけ狙えよ。顔だけな……」
息も絶えだえなアトロゥの声。命令口調で発せられたその言葉は、先程までとは違ってストレンジャー語だった。
まだ少しクルクルと回りながらも様子はうかがえた。回転する逆さまの視界に映るのは、オレに近づいてくるストレンジャーたちの姿。
ようやくオレは正気を取り戻した。急いでもがいたが、くくり罠は自重でさらに締めつけ、オレの足首を固く締める。なんにしろ、あがくには遅きに失していた。眼前には、すでにストレンジャーの姿がひとつ。
逆さまの視界に映るのは、赤い髪の女だった。ツバ広の三角帽子を被り、上半身を包むケープの内には胸元の開いたビスチェとフリフリのチュチュ。杖のように携える長柄の付いた鉄球には、穴と溝によって人面が形づくられ――ってなんなんだ、このふざけた格好は。
赤毛の女はその分厚いクチビルで、人面鉄槌へネットリと口づけをした。それから鉄球にホオを寄せると、瞳孔の開いた三白眼が動き、下目でオレに視線を向けた。
「……ジロッ」
こんなふざけたヤツに、たじろいでいる場合じゃない。やれることをやるんだ。とはいえ今できるのは、指笛を鳴らすことぐらいだけど。
「……ピィ……ピイィ……ピュウウゥウウウイイィィイイィッ!」
逆さづりじゃ、吹きにくいッ。
ただの悪あがきだった。でも誰かに届くかもしれないし、しないよりはマシだ。プーカいわく、オレの指笛は相当にやかましいらしいから、少しくらいなら怯ませられるかもしれない。
赤毛の女は眉根を寄せ、少し退いた。
「……ジリッ」
よ、よし。ちょっとだけ効いたぞ。
帽子のツバを折り曲げて耳に押し当てながら、さらに鋭くにらみつけてくる赤毛の女。不快感を示すために曲げられた口の端から、その憤りが高らかに響いた。
「……ちッ」
舌打ちとともに人面鉄槌が水平に傾く。それから後ろへ大きくスイングして静止。それはじっくりとしたタメの時間だった。
ヤバい。次にどうなるかは自明の理というヤツだが、なるべく考えないようにしてジタバタと両手を振り回す。マヌケは承知の上でやった最後の抵抗は、やっぱりマヌケに終わった。砲弾のようなフルスイングが両腕とも弾き、一直線に顔面へ着弾。
「ゴメェッ!」
鉄球が横ツラにめり込み、オレの意識をかっ飛ばした。




