(30)会敵について パックいわく
オシアンを背負いながら、オレはウォーキー・ドゥーヒキーめがけて進んでいった。だが時々刻々と姿を変えて動き回るそれをやがて見失い、出会うことはなかった。
ワッピティとブバホッドは気になったけど、どうやらこちらが「アタリ」だったようで、オレの思考はこちらへと移った。
ヤツが――ヤツがアトロゥなのだろうか。
オレと、オレの背中にいるオシアンが見上げる先――切り立った崖の上にヤツはいた。断崖のふちに片足をかけ、悠々と笑みを浮かべてオレたちを見下ろしている。
ヤツの首周りに巻かれた、あの赤い布キレはずきんか。たしかそんなのを被ってたって言ってたな。今は頭に被せられてなく、顔がむき出しになっている。
ヤツの顔面は、老齢に深くシワを刻んでいた。だがその身体つきは、みずみずしく張りを見せつけて筋骨隆々だ。不均整な組みあわせの継ぎ目は、赤いずきんでブキミに隠されていた。
遠目に様子をうかがっていると、背中のオシアンが口を開いた。
「パック、降ろせ」
「ん。よっこらせ……っと」
オレの背中から降りると、オシアンは言葉を続けた。
「ヤツをウォーキー・ドゥーヒキーまで誘導してくれ。頼んだぞ」
そう言うなりオシアンは、クルリときびすを返して歩きだし――って、おいおい。オレは慌てて呼びかけた。
「おい、どこ行くんだよ?」
「フン……忘れたか、パック。策があると言ったろう……」
うっとうしそうに言って歩みをやめないオシアンに、オレはさらに慌てる。もう、なんだってんだよ。だいいち、アレがいる場所なんて――
「ウォーキー・ドゥーヒキーなんてどこにいるんだよッ。おい、オシアン!」
「なぁに、そこらにいるさ。この森の中に……」
そこらって――そこらを見上げれば頭上には敵。そこらを見渡せばスタスタと遠ざかっていくオシアン。
両てんびんにあせり、オレは取るべき行動を決めあぐねた。我ながら優柔不断にオロオロするオレを、オシアンは気にも留めずに歩いていく。
草やぶへと分け入っていくオシアンへ、とにかく声だけはかけておく。なんだか負け惜しみのセリフみたいだけど――
「オレが始末しちまっても、知らねーぞ!」
「……フン、そうはいかんさ。キミは父君に似て、お情け持ちだからな……」
オシアンも捨てゼリフのようなものを残し、うっそうとした森へ消えてしまった。まったく、つくづく本人いわくの独善家だな。一体全体に、ひとりで何をしようってんだ。しかしとりあえず今は、頭上の敵をどうするかだ。
そう思って見上げると、崖の上で構えていたヤツの姿も消えている。
「悩んでいるヒマはくれないか……」
オレは渾身の指笛を鳴らした。
「ピイイイィピュウウウウウウウウウウウウゥィッ!」
連続して三発、それから三拍置き、また連続三発。「緊急事態、交信不可」を表す緊急用合図。
ワッピティたちと交信している時間はない。グズグズしていたら、せっかく見つけたヤツに逃げらてしまう。指笛はきっとふたりへと伝わったはず――と願いながら、オレは自分へ喝を入れた。
「……ったく、なるようになれってか!」
それなりに覚悟を決め、鼻息とともに発する。まずは絶壁の登はんのために、大地へ根を張らねば。




