(29)尾行について プーカいわく
ワッピティの魔手により、生死の境をさまよったわたし。しかし持ち前の強じんな精神力と怒れる正義の魂により、からくも一命を取りとめていた。
「ゆるさんぞぉーッ、あのツインテールめぇー!」
おっとうとアーチンの監視の目をかいくぐり、わたしはパックたちの尾行を開始した。
「んー……?」
ちょっと見失っちゃったけど――
「まぁ、いつものあそこかな!」
いつも物見に使われている山に向かうと、やっぱりパックたちを発見。なんか杖を振り回し、おじいが暴れている。
わたしは虫だ。ちょいと早い、季節外れのセミなのだ。気配を殺し、大木の幹に張りつく。ミーンミンミンと心に響かせ、みんなの様子を陰からうかがう。
む。なんでか分からないけど、ワッピティとブバホッドが先に行っちゃったぞ。走り去るふたりの背中を、パックはオシアンとともに見送っている。もうちょい近づくか。
おじいの声はデカいし、おじいに合わせてパックも大きな声で話しているから、まぁまぁ会話が聞こえてくる。
「……で、なんだよ」
そう言ったのはパック。するとおじいは、おにいの両肩につかみかかって長話を始めた。
「……パック。わたしとキミたちユグレナとは、違う時の流れを生きているのだよ。キミには分らんだろうが、わたしはとっくに死んでいい歳なのさ。わたしが今日まで生きながらえているのは、みじめったらしい独善なんだよ。年端にも似合わない、ひどく感傷的な……だからこそ、これは運命なんだ……! このみすぼらしい老体を、役立てるときが来たのさ! ヤツへ! あの外道鬼畜へ! あの朽ちかけの老いぼれへッ! 絶望と後悔をくれてやるのさ! フンッ!」
おじいのツバキを浴びながら、パックはガクガクと揺さぶられている。ばっちい。
かわいそうなことになっているおにいが言葉を返す。
「……あ、あぁ。そんじゃ、とっとと――」
「……それから、プーカに伝えてやってくれ……プーカの母君はな……いつだっておまえを想い、見守っているのだと……」
何を言っているんだ、おじいは。今さらそんなこと――そんなこと分かってるし。
おじいはパックを解放した。おにいは頭をさすりながら、改めておじいを眺めている。つられてわたしもなんとなく眺める。
おじいのシャツは大きすぎてだらしがなく、少しはだけてやせっぽちの胸板が見える。まくったそでから見える腕もかぼそく、そんな腕で杖にようやくすがっているような有り様。それから曲がった腰に、シワだらけの顔に、おハゲの頭に――おっとうが言ってたな。年を取ると感傷的になってしまう――とかなんとか。
そんなおじいに、パックは平然とした調子で言い放った。
「……わかったから……とっとと行こうぜ。逃げられちまうんだろ」
いつも一緒にいるわたしには分かった。ちょっぴりの「間」に込められた、おにいの優しい想いが。込み上げてくるわびしさを気づかれまいと、ぶっきらぼうをよそおうシカメッツラの思いやりが。
む、そろそろ出発するのかな。おじいみたいなことを言いながら、おじいをおんぶするパック。
「……ドッコイショ……っと」
するとしょんぼりしていたオシアンが、急に威勢を取り戻す。杖の先っぽを突きだしながら、偉そうに声を張り上げた。
「……さてッ。おそらくアトロゥがいるのは、東のウォーキー・ドゥーヒキーの方だ! さあ行け、パック! 駆けだせッ、それいけッ!」
パックは慌てた様子になり、背中のオシアンへ口早に言葉を返した。
「……おいッ、ブバホッドたちが向かったのは、そっちじゃないだろ!」
パックのツノ枝につかみかかるオシアン。もう一方の手に握った杖で、おにいの首をギリギリと締め上げる。よく分からないけど、またおじいが暴走しているのか。
「……グズグズしていると日が暮れて、キミはあのやかましい鳥ともども、寝ちまうだろうに! さぁさぁパック、それいけ! 野山を跳ねろ、脱兎のごとく! 山野を馳せろ、駿馬のごとく! それいけ、パック! やれいけ、パックッ!」
オシアンの気迫に押され、シカメッツラにあぶら汗を伝わすパック。おにいは押しに弱いから、あーなっちゃ、もうおしまい。おじいの杖が指し示す方向へ、パックは言いなりに進んでいった。
まったくもう、おじいなんて連れてくるからヘンなことになっちゃって。やっぱり冷静沈着に指揮をとる者が必要なのだ。このわたしのような才女が――というわけで追跡を続行するッ。




