(3)道標について オシアンいわく
ニアヴの旅する瞳がぼくを捉える。物語がひと息つき、どうやら終着点にたどり着いたようだ。交代のタイミングを見計らい、ぼくは口を開いた。
「……やれやれ、ニアヴの空想癖は相変わらずだ! その木にも何か、いわれがあるかもね!」
とたんにニアヴの顔から灯が消え去り、プイっと後ろを向いてしまった。
「伝説やオトギ話にも、一片の真実があるもの。切り取られた歴史が換骨奪胎され、さらに分裂して融合し、それらを繰り返した果てで新たな物語になるの」
ニアヴは続けた。先ほどまで熱心に見入っていた足元の木を、今度は冷たく見下ろしながら。
「これは……ただの雑木」
彼女の金髪に絡んだ葉っぱが、ふたたび拒絶の手のひらを示してくる。ぼくは思案げなフリでアゴをさすった。それじゃ、もうひと芝居とシャレ込みますか――
「血を流す木があった。悪魔は神罰により、身もだえすら許されない木に化身させれらた。死を乞う木は、その身を裂かれて命が果てるとき、魔性の血を滴らせた。血は木の力を帯び、不老長寿の妙薬となった」
お。都合よく、手ごろなヤツが落ちているぞ――
「よ……っと」
枯れ枝を拾い上げて顔先にかざし、ぼくは話を続けた。
「そしてその血で、その骨身をすすげば、木は鉄薙ぎの魔剣と化して――」
「なにそれ」
まんまと誘い水に惹かれたニアヴが、半身だけ返して尋ねてきた。問い返すぼくの声は、自然と弾んで――
「その魔剣みたい?」
我ながら、勢いはここぞとばかり。けれどニアヴは冷ややかなひと言で、ぼくをはねつけた。
「別に」
う。見すかされたぼくは、あせってまくし立てる。
「なんと、ウチにあるんだよね!」
「へぇ」
「変な木のウワサ、知ってるだろ? アレで作ったらしくって――」
「ほぅ」
「飾り物みたいなくせしてさ、やけによく切れて――」
「ふーん」
「ほ、本当だってッ。今度見せてあげるよ!」
「それは、それは」
あがけどもわめけども、ニアヴはけんもほろろにすげもなく――
「……ちぇッ」
木ギレを放り投げ、ぼくは降参した。
ニアヴを見ると、改めて雑木を見下ろしている。しばしの後、彼女の片足がぬっと持ち上がり、その靴底が雑木へ入れられた。
「……げしッ」
なんとも感情が読めない彼女の背中が、ぼくに呼びかけてきた。
「ねえ、オシアン」
ニアヴは今度こそしっかりと振り向き、ぼくを見つめてきた。その目には、ふたたび火が灯っている。彼女の話は続く。
「植物はその種子を散布するために、さまざまなモノを利用するの。風や虫に、鳥やケモノに……それから水の流れとか……」
その瞳は誘蛾灯のように照り、惹かれるぼくは自分にあきれつつも合いの手を引き受けた。
「それがなんだい?」
「例えば、人間とその命を利用する植物があるとすれば、どんなモノだと思う?」
微笑とともに、ニアヴの瞳は妖艶を帯びる。彼女の言葉が、その声音が、彼女自身を彼方の異界へと連れ去っていく。
ぼくの心霊は捕らえられ、手を引かれつつ追いかけていく。それはふたりだけの密やかな冒険旅行。行き先は彼女のままに。
「例えば、世界の終末。人間が生きられないほどの、世の荒廃。人を、この世を糧とし……繁茂し、蹂躙し、やがては世界になり代わる……そんな木があったなら……」
この物語は、とある木を形づくる記憶の群像であり、ニアヴとぼくが歩んだ道のりの情景だ。それは奇妙な亜人にまつわる驚くべき伝説とその真相であり、それにかかわった人間たちの悲劇であり、喜劇であり、活劇でもあり、つまりは狂想劇だ。
そしてまたこの物語は、異界へ消えた彼女と再会するための、ぼくのための道しるべだ。




