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群像について ユグドラシルいわく  作者: まいち
序幕 夢みる瞳の娘
3/58

(3)道標について オシアンいわく

 ニアヴの旅する瞳がぼくを捉える。物語がひと息つき、どうやら終着点にたどり着いたようだ。交代のタイミングを見計らい、ぼくは口を開いた。


「……やれやれ、ニアヴの空想癖は相変わらずだ! その木にも何か、いわれがあるかもね!」


 とたんにニアヴの顔から灯が消え去り、プイっと後ろを向いてしまった。


「伝説やオトギ話にも、一片の真実があるもの。切り取られた歴史が換骨奪胎され、さらに分裂して融合し、それらを繰り返した果てで新たな物語になるの」


 ニアヴは続けた。先ほどまで熱心に見入っていた足元の木を、今度は冷たく見下ろしながら。


「これは……ただの雑木」


 彼女の金髪に絡んだ葉っぱが、ふたたび拒絶の手のひらを示してくる。ぼくは思案げなフリでアゴをさすった。それじゃ、もうひと芝居とシャレ込みますか――


「血を流す木があった。悪魔は神罰により、身もだえすら許されない木に化身させれらた。死を乞う木は、その身を裂かれて命が果てるとき、魔性の血を滴らせた。血は木の力を帯び、不老長寿の妙薬となった」


 お。都合よく、手ごろなヤツが落ちているぞ――


「よ……っと」


 枯れ枝を拾い上げて顔先にかざし、ぼくは話を続けた。


「そしてその血で、その骨身をすすげば、木は鉄薙ぎの魔剣と化して――」

「なにそれ」


 まんまと誘い水に惹かれたニアヴが、半身だけ返して尋ねてきた。問い返すぼくの声は、自然と弾んで――


「その魔剣みたい?」


 我ながら、勢いはここぞとばかり。けれどニアヴは冷ややかなひと言で、ぼくをはねつけた。


「別に」


 う。見すかされたぼくは、あせってまくし立てる。


「なんと、ウチにあるんだよね!」

「へぇ」

「変な木のウワサ、知ってるだろ? アレで作ったらしくって――」

「ほぅ」

「飾り物みたいなくせしてさ、やけによく切れて――」

「ふーん」

「ほ、本当だってッ。今度見せてあげるよ!」

「それは、それは」


 あがけどもわめけども、ニアヴはけんもほろろにすげもなく――


「……ちぇッ」


 木ギレを放り投げ、ぼくは降参した。

 ニアヴを見ると、改めて雑木を見下ろしている。しばしの後、彼女の片足がぬっと持ち上がり、その靴底が雑木へ入れられた。


「……げしッ」


 なんとも感情が読めない彼女の背中が、ぼくに呼びかけてきた。


「ねえ、オシアン」


 ニアヴは今度こそしっかりと振り向き、ぼくを見つめてきた。その目には、ふたたび火が灯っている。彼女の話は続く。


「植物はその種子を散布するために、さまざまなモノを利用するの。風や虫に、鳥やケモノに……それから水の流れとか……」


 その瞳は誘蛾灯のように照り、惹かれるぼくは自分にあきれつつも合いの手を引き受けた。


「それがなんだい?」

「例えば、人間とその命を利用する植物があるとすれば、どんなモノだと思う?」


 微笑とともに、ニアヴの瞳は妖艶を帯びる。彼女の言葉が、その声音が、彼女自身を彼方の異界へと連れ去っていく。

 ぼくの心霊は捕らえられ、手を引かれつつ追いかけていく。それはふたりだけの密やかな冒険旅行。行き先は彼女のままに。


「例えば、世界の終末。人間が生きられないほどの、世の荒廃。人を、この世を糧とし……繁茂し、蹂躙し、やがては世界になり代わる……そんな木があったなら……」


 この物語は、とある木を形づくる記憶の群像であり、ニアヴとぼくが歩んだ道のりの情景だ。それは奇妙な亜人にまつわる驚くべき伝説とその真相であり、それにかかわった人間たちの悲劇であり、喜劇であり、活劇でもあり、つまりは狂想劇だ。

 そしてまたこの物語は、異界へ消えた彼女と再会するための、ぼくのための道しるべだ。

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