(2)物語について ニアヴいわく
「……その生き物は、土色の肌の裸体をさらしていました……」
体毛は薄く、尾も羽もない。四肢の後肢は直立して足を形づくり、前肢は宙に垂れて手を形づくっている。きゃしゃな首に据えられた頭は、体毛を豊かに生やしながらも顔面はむき出しで、それらは人間の特徴を示していた。
顔の部品の位置も人間同様だった。だが耳はウサギのように長く尖り、鼻はブタのように反り返り、ザンバラに逆立つ髪は深緑の草色をしている。
「……その生き物は人に似て、人にあらざる『亜人』でした……」
亜人の目元は、異様に彫りが深かった。赤い瞳のギョロ目にひさしをかけるほどで、上部が厚くでっぱっていた。それからホオはえぐれるようにコケて、四肢はしなびたようにスジ張って、ところが腹部は風船のように膨れている。
「……亜人はまるで、貪欲への神罰を科せられた幽鬼でした……」
幽鬼の身体が力なく揺れ、ヒザ立ちにくずおれた。背中の流血にも気を払うそぶりはなく、ただ救いを求めるように、眼前の奇樹へと震える手を差しのべた。けれど――
「……その木に触れてはなりません……あなたに森のきみ――」
「やあ、ニアヴ! ブツブツと何を言っているんだい?」
む。
そのお気楽な響きに幽鬼はかき消え、奇樹は単なる雑木へと姿を変えてしまった。雑木はヒザの高さほどの低木で、ヒザを抱えてうずくまるわたしの目前に、ちょこなんとそびえている。
わたしの耳は丸く、鼻は水平にツンとして、その白肌はすこやかな血色に赤みを帯びている――と思う。とにかく亜人とは似ても似つかない、わたしは人に似て人なる、まったき「人間」だった。
わたしの名を呼んで、観劇に水を差した声のあるじ――わたしの背中越しにたたずむその人へ、わたしは振り向かずに言葉だけ返した。
「ねえ、オシアン。この木……まるで苦悶する人間みたい」
雑木を凝視しつつ、わたしの意識は背中へとおもむく。
わたしの豊かな金髪は、我ながらに自慢だったりする。それを飾るのは葉っぱをかたどった髪留めで、金髪とともに微動だにもさせずにオシアンへと見せつける。葉っぱは手のひらのような形で、背後に立つ者へ拒絶を暗示するのだ。
オシアンもまた、亜人には似ても似つかなかった。人に似て人なる、やはりまったき人間であり、青年と呼ばれるべき年ごろだった。わたしと同じく。
そんなオシアンは靴を小さく踏み鳴らし、芝居がかった調子で答えた。
「ふーん、マンドラゴラかなぁ? 引き抜いたらコトだぞ……」
わたしは返事もせず、無言でマンドラゴラを見つめ続けた。わたしの中の「熱」が温度を上げていく。わたしはすっくと立ち上がり、振り返りながらスカートのすそをフワリとはためかせた。
わたしの視界へ、亜麻色の金髪がたなびいて光を残していく。残光の向こうに見えるオシアンは、少しだけ心配顔になっていた。安心してね、オシアン。こんなにもわたしは笑顔だから――
「……この世には、木にまつわるたくさんの物語がある!」
そう言ってわたしは、ひとつかしわ手を打った。
「パン!」
そのまま手のひらを合わせ、祈りのポーズ。物語は祈りに似て、心の奥から光が溢れてくる。願いを込め、言葉に紡いで――
「エデンになる木の実には、天与の力が宿るのです。それは時に英知を、時に不老不死をもたらしました。人の身に余る、大いなる力を……」
虚空にみのる果実を、わたしは両手で包みこんだ。幻想の果実へ、そっと口づけを与える。話は続く。
「古い巨樹には妖精が住まうのです。それをある人は美しい乙女の姿をしていたと言い、またある人はおぞましい悪魔だったと言いました。好悪は表裏一体に、心象は影をともなって……」
わたしは手のひらを掲げながら、右上にせん望のまなざしを向けた。そして左上には手のひらを返し、恐怖に怯えるなまざしで嫌悪を示す。話は続く。
「妖精は生来の悪意により、取り替えっ子をしました。産まれたばかりの人間の赤子をさらい、醜いデク人形を置いていくのです。消えた産声こそが、愛情の在りかだったのでしょうか……」
わたしは幻影の赤子を抱えていた。うんともすんとも言わない赤子を顔先にもたげ、けげんな表情でそれを見つめる。話は続く。
「森で出会う、緑髪の麗人にお気をつけなさい。たぶらかされれば、木のとりこ。その愛ゆえに、離れられなくなってしまうのです。幾星霜を経ようとも……」
わたしは流し目を作りながら、自慢の金髪を指で払った。指は愛を求めてさまようように、虚空に向かって差し伸べる。話は続く。
「森の奥深くに足を踏み入れてはなりません。鬼人に怪物……チミモウリョウのばっこする、人外たちの異界なのですから。あの世に帰路など、ありはしないのです」
わたしは辺りを見回し、姿のない魔物を警戒した。それでも眉根に決意を寄せ、生い茂る空想をかき分けて歩を進めた。
語るにつれ、わたしが高揚していく。所作は舞踏をイメージして。とはいえ舞台は佳境に達し、そろそろ大団円へ――
「木はあるところでは神の似姿であり、あるところでは悪魔の化身であり、あるところでは異界への扉でした。またあるところでは森羅万象の代名詞であり、木は世界そのものでした」
話し続けるわたし。それを見つめるオシアンの褐色めいた金髪が、さらりと風に揺れる。はだけさせて着る彼のジャケットも揺れ、長ズボンをつるサスペンダーをのぞかせた。
さて、それでは締めのセリフをば――
「そしてまたあるところでは、動き回る謎の巨樹を『ウォーキー・ドゥーヒキー』と呼んでいました」




