(25)脅威について オベロンいわく
応接間と兼用にしているお茶の間には、大きな長方形のテーブルがある。その短い一辺にぼくは座った。ぼくの左手前からアーチン、ブバホッド、オシアン、そして右手前からワッピティ、プーカ、パックと座っている。
テーブルを囲んで、ぼくはフェノゼリーから聞いた話を語った――その男はストレンジャーを引き連れてはいたが、同族のようであったこと――その男には二本の折れツノがあり、パックのような木の枝だったかもしれないこと。
老齢のシワをさらに深くし、オシアンがひとり言のようにつぶやいた。
「アトロゥか……」
予想していた名前がこぼれる。ぼくの話を引き継いで、アーチンが語った。
「首を刈られたボガートの身体に、折れツノの頭がすげられて動いていたそうだ。要は胴体を奪われて乗っ取られた……と」
「そんな途方もない話、信じるの? だいいち、身体の違いなんてさ……」
ワッピティの当然の疑問に、引き続きアーチンが答えた。
「ボガートの首だけが転がり、代わりに首ナシのヒョロヒョロ死体があったそうだ。それに『フェノゼリーなら』わかるんじゃないか?」
フェノゼリーとボガートは恋人関係であった。相手の身体のことは誰よりもよく知っているわけで――それをワッピティも思いだしたのだろう。
「あぁ、うん。ハイハィ……」
モゴモゴと濁しつつ、ワッピティは了解したようだ。それを聞いてか聞かずか、オシアンがケーキをつつきながら口を開いた。
「アトロゥであれば、十分にありうる話だ。最後のヤツは、生首だけで這って動いていたからな……あの、くたばり損ないめッ!」
オシアンは怒声を発し、テーブルにゲンコを振り下ろした。
「ゴン!」
ブバホッドは動じることなく、オシアンへ丁寧に尋ねた。
「アトロゥとは、何者なのですか?」
「どこにでもいる悪党さ。ただし、身にありあまる力を持ってしまっていたがね。その力でわたしの故郷を破滅させたのさ。おかげで、こんなところでゴブリン暮らしだよ!」
そう言ってケーキを口に運ぶオシアンへ、ふたたびブバホッドが尋ねる。
「その力とは、パックと同じ……ユグドラシルの福音ですか?」
ケーキをお茶で流しこんでいるオシアンに代わり、パックが答えた。
「そうだろうな。ソイツは、オレの種親だからな」
そう言って平然とケーキをつつくパック。その代わりにワッピティがお茶でむせている。
「ゲホ! ゴッホ、ゴホゴホ……」
種親とはずいぶんな言い回しだが、アトロゥがパックの実父であることは事実だった。それはかつてティタニアから――パックの母から聞いたことである。
ケーキを飲み下したオシアンが、自慢げな声音で言った。
「かつてのアトロゥはパック以上さ。だが今は大したこともあるまい。なにしろヤツの力は、このぼくが奪ってやったからな! フンッ」
オシアンは楽観しているようだが、犠牲者が出ているのだ。放っておくわけにはいくまい。
「しかしボガートとフェノゼリーの裏をかくほどには危険な相手だ。この里のため、脅威は排除したい」
そんなぼくの言葉へ、すぐにパックが返事をした。
「オレが行くよ」
「頼めるか、パック」
「うん」
パックとぼくのやりとりが簡素なのは信頼がなせるものだ。パックほど頼りになる者など、この里にはいないのだ。しかしワッピティが疑問を口にする。
「ちょ、ちょっと……いいワケ?」
彼女の戸惑いは、先ほどお茶でむせていた件が理由だろう。それも当然ではあるが、ぼくは余裕のほほ笑みを作り、毅然とした口調で返した。
「ぼくの息子が、信用できないのかい?」
眉根を寄せて口をとがらせるワッピティ。彼女なりにパックを思いやってのことなのは伝わってくる。
そんなワッピティのとなりで、プーカがすっくと立ち上がった。握りこぶしをりんと胸に当て、食べカスまみれの口を開く。
「そぉそ! わたしたちに任せなさいって!」
無邪気な我が娘へ、ぼくはなるべく優しく、なるべくピシャリと言い切った。
「プーカは留守番だよ」
「なんでえぇーッ!」
不平のおたけびを上げてむくれるプーカ。ひょうきんな我が娘へ、アーチンが引き継いで説明した。
「ブバホッドとワッピティを同道させる。今回は、確実に仕留めてもらいたい。侮辱には報復を、だ」
それでもプーカはワガママを言うのをやめない。
「ぶぅーッ、ぶぶぅー!」
オチャメな我が娘を横目に、ワッピティがたしなめるようにつぶやいた。
「……そもそもあんたは、なーんもしてないでしょ」
まったくその通りで、普段からしてプーカは、パックについて行ってもブラブラしているだけなのだった。何しろ並のストレンジャー相手になら、ユグドラシルの福音に浴するパックがひとりいれば事足りるのだから。
ティタニアとオシアンから聞いた話を考えれば、パックの福音を聴く能力はアトロゥから受け継いだのだろう。けれどパックと同じ父を持つプーカには、ユグドラシルの福音はもたらされなかった。
しおれ耳では聞こえないのだ――と悪しざまにうそぶく者もいるようだが、パックへの福音はある日突然にもたらされたのだ。あくまでもプーカには「まだ」なだけなのかもしれない。




