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群像について ユグドラシルいわく  作者: まいち
第2幕 第2場 赤いずきんの男
21/61

(21)醜悪について フェノゼリーいわく

 向こうから、パートナーであるボガートの声が聞こえてくる。


「……ぜいたくな、冥途の土産だぜッ」


 それはふて腐れたような声音だった。その理由が、わたしを思いやる気持ちからだということは、ちゃーんと分かってる。

 だからこそ、ヤキモチ焼きな男の子にはからかい口調で。たっぷりともったいぶってから、絶妙な間で――


「まったくもう、妬かないの! あなたには、ちゃんと拝ませてあげてるでしょう?」


 はてさて、どんな反応を示してくれるのかしら。座ってくつろぎながら、期待に耳をそばだてる。


「……――……」


 えーと、うん。応答ナシ、と。


「……おほんッ」


 ひとつセキ払いをして、さらに待ってみるが梨のつぶて。いい加減にじれったくなり、わたしは立ち上がった。

 身支度を終え、わたしは身体の輪郭を透かすタイトな装いに。たっぷりとした巻き髪はゆったりと編みこんで、背中に揺らしてクビレをなでさせる。そりゃあもう、男の子なんて悩殺しちゃう、裸体に負けず劣らずの艶姿ってね。なーんて――


「さて……っと」


 さらにジャケットをはおって辺りを見渡す。食事にいそしむティット・トットの群れが三つばかり。

 えーと、そこのがズングリで、あっちのがノッポで、向こうにあるのは赤いずきんだったヤツか。それ以外、ほかに誰の姿も見えない。


「ボガート?」


 呼びかけても相変わらず返事はなく、わたしは歩きだした。この胸騒ぎはボガートがつれないせい――と自分に言い聞かせながら。

 草むらに踏み入ってほどなく、わたしの足にコツンと当たる「物」があった。

 見下ろしたわたしの目に映るのは、わたしが誰よりもよく知っている「者」だった。今まさに探し求めていた、何よりも愛しい人の横顔だった。

 その精かんな顔立ちは、いつだって自信に満ちていた。頭ひとつ高みから向けられるほほ笑みは、頼もしくて、まぶしくて、それはわたしの太陽で――それは今、落日だった。太陽が光を失っていく。わたしの足元に消えていく。

 ボガートは大地を枕に、目を見開いたまま硬直していた。時が止まったその表情は、ただ驚がくの色ばかりを滲ませている。胴体から切り離されて「生首ひとつ」にされた苦痛の色は見えず、それはせめてもの救いに思えた。

 足元の光景は災厄の予兆であり、わたしの脳裏では警鐘がけたたましく鳴り響いている。けれど思考はカラカラと空転し、身をすくめたまま呼吸さえも忘れていた。


「ッ……」


 そんな時、その声はわたしの背後から聞こえてきた。


「……それじゃあ、拝ませてくれよ」


 湿った熱い吐息が、わたしの耳に触れる。下品にしゃがれたささやき声が耳うちをしてきた。

 わたしにはストレンジャーの言語は分からなかった。だけど今の言葉はわたしにも理解ができた。なぜならそれはユグレナの言語だったから。そしてこれまで耳にしたどんな声音よりも、気色が悪かった。

 痛烈な不快感が全身をつらぬく。詰まっていた神経網を電撃が洗い、わたしの右手が反射的にジャケットの隠しを探る。肉体の命ずるまま、内から小ぶりの突剣を抜き放ち、振り向きざまに突きだした。

 突剣の刃が赤いずきんを引っかける。その中身にはかわされ、ずきんだけを引きはがす。


「……がば!」


 むき出しになった顔とその表情はあまりにも醜悪で、とっさに脳裏へ浮かんだコイツを形容する言葉は「悪魔」の一語だった。

 頭をむき出しにしてやっても悪魔は怯まず、次の動作に間髪はなかった。

 まだ突きだされたままの突剣と、それを握るわたしの腕――引き戻す余裕はない。切り払いでけん制を――実行に移そうとしたその瞬間、突剣を握る腕はむんずと捕らえられた。手首をキメられ、わたしは突剣を取り落としてしまった。


「く……うッ」


 悪魔のような男は、ボガートに迫るほどの剛健なガタイだった。ツメが食いこむほどに身体をつかまれ、わたしは逃れることができなかった。

 背中から抱えるように捕らえられ、ふたたび不快な吐息が今度は首スジを襲う。それもつかの間、しゃがれ声の男は覆いかぶさりながら、わたしを押し倒した。わたしの抵抗は、ほとんど意味をなさず――


「このッ……放せッ!」


 無理やりあお向けに変えられて組み伏せられた。両腕を押さえられたわたしへ、荒い息づかいが嘲笑とともに吐きかけられる。


「ハァ、ハァァ……ヘヘッヘァァ……」


 わたしの鼻先に現れた醜悪な顔が、いやらしく笑みを含ませて言った。


「ブタ面にしちゃあ、上等じゃねぇか……」


 値踏みをする目つきで、赤い瞳がわたしを見下ろしている。異様に彫りが深い目元は、ギョロ目にひさしをかけるほど上部が厚くでっぱっていた。

 その男の耳は尖り、鼻は反り返り、肌は土色で、髪は深緑の草色で――コイツ、ユグレナのくせにストレンジャーとつるんで――


「あ、悪魔め……!」


 その顔は一面に、細かなシワとシミを幾重にも刻んでいた。目の端から伸びた幾スジものシワが、コケたホオから垂れる幾スジものヒダにつながり、その年齢が尋常でないことを物語っていた。

 コイツの何もかもが醜悪であり、悪魔としか言いようがない。といってもコイツの悪魔たるゆえんは、もっと明らかなものだった。

 「ツノ」だ。両コメカミから、ツノが生えている。里の仲間にもひとり、ツノみたいに「枝」が一本だけ頭に生えているヤツがいる。面構えの悪さは、どことなく似ているような気もするけど――いや、あんな程度じゃない。コイツのツノも、それが生えた顔かたちも、ずっとおぞましく――ずっと――


「……気色がッ……悪いんだよッ!」


 両コメカミのツノは根元で折れ、さながら朽ちた切りかぶのように風化してボロボロ。切りかぶからは根とも血管とも知れないモノが、放射状に幾スジも隆起している。ヒタイからハゲた頭頂部までゆがんだ格子模様を浮き立たせ、それはテカテカと怒張した肉の塊だった。

 コイツの下品にニヤケた表情と合わさり、いきり立ったナニを連想させてくる。


「……くッ……う……!」


 絶望の淵に瀕し、わたしはあることに気がついた。

 ホクロの位置、傷跡の形、筋肉の付き方、それに肌の質感まで――コイツの身体は、まるでボガートにうりふたつだった。

 脳裏に浮かぶのは、恐ろしくてありえない愚考。ボガートの生首と、コイツの身体――まさか、そんなことあるわけが。

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