(16)巨樹について パックいわく
プーカは置いたまま、オレはひとりでストレンジャーの追跡へ出発した。適当に追いかけた感じにしとこう。
のどかな森を何げなく見渡すと、木々がざわめき、喧騒が聞こえてきた。
「……さや……さやさや……」
あちらでは酔っ払いのマツ親父が千鳥足で鼻歌を歌っている。こちらではカエデの大将がヒノキのおかみさんに何やら平身低頭していた。またあちらでは閑古鳥が鳴くスギ林の牢屋の前でケヤキの看守が大あくびをしている。そしてそちらでは大クスの大長老が若芽へ説法を説いて――
「ふーん……ふふーん……」
手持ちぶさたの両手は頭の後ろに組んで。預けられた頭の中では他愛ない空想が活気づき、オレの足は勝手に運ばれていく。
森は何ごともなく、ブラブラ歩きが続いていく――と思いきや。
「ガサガサ……ガササッ……」
草やぶを分け、オレの行く手を阻む「モノ」が現れた。
行く手を阻んだそれを、ひと言で表現するのは難しい。それは四足のケモノで「ウマ」のような形をしていた。ただしウマとしては、ふつうの三倍はあろうかという巨体で、そしてそれは「木」だった。
無数の枝々が締め上げるように絡みあい、ウマらしき姿を形づくっている。たくましい筋肉のような木の四足が、その横長の胴を支えていた。
ヒヅメにあたる箇所では、幹のよりがほどけて根になっていた。脚が下ろされるたびに大地へ根を張り、となりの脚が引き抜かれる。それらが繰り返され、歩みを形づくっていた。
「ズヴゥ……ゥヴウゥッ……ゥウズウゥ……」
頭と尻にあたる箇所も、よりがほどけた枝々が天に向かって伸びている。無数に交差し、屋根を形づくるほどに深く葉を茂らせていた。
枝葉の屋根の下――つまりウマの背中には、貧相な身なりの「男」が座っていた。くたびれたシャツは胸元がはだけ、すそがほころんだ長ズボンからは裸足を投げだしている。またがるわけでなく腰かけてスラリとした身体を丸め、尻まであろう長い若葉色の髪にうなだれた頭を埋もれさせていた。
ウマの動きに揺すられ、若葉髪から男の顔がのぞく。下向きの鼻は紛れもなくストレンジャーのそれだ。だがその表情は先ほどの三人の敵対者たちとは違い、憂いを帯びてはかなげだった。
それにしてもあの男、ずいぶんと顔色が悪いな。顔面蒼白もまだマシな灰白色じゃないか。男は何も語らず、オレと交錯した視線もボンヤリと虚空へ移っていった。
「……――……」
何事もなかったかのように、ケモノとともに去っていく。奇妙なケモノと不思議な男の背中を、オレはボンヤリと見送った。
「ヴウゥッ……ズヴゥッ……ヴゥ……ゥ……ッ……――……」
たしか、こんなようなヤツが森をうろついてるってウワサを聞いたような――って、たぶんアイツもストレンジャーだよな。害はなさそうだけど――と、なんやかんやと考えてウダウダする。
しばらくして我に返り、ストレンジャー捜索を再開した。けれど歩きだしてほどなく、またもやオレの行く手は阻まれた。
「……ミシミシ……バキバキ……ミシシミシ……バキキベキ……」
木々の倒壊音が、こだましながら近づいてくる。木々をなぎ倒しながらうろつき回る巨体といえば――
「うへぇ……『ウォーキー・ドゥーヒキー』だ」
今日も今日とて、ウォーキー・ドゥーヒキーをひと言で表現するのは不可能だった。
それは「木」だった。けれど無数の枝々が絡みあい、巨大な「カエル」を形づくっていた。カエルの片目からはアヒルが羽ばたき、もう片目ではリスの夫妻が食卓を囲み、口から伸ばした舌はヘビになり、ヘビの舌に捕まる天使がラッパのように枝を吹いていた。
だがそれは「木」だった。けれど無数の枝々が絡みあい、巨大な「クマ」を形づくっていた。クマは両腕にも納まりきらない大きなハチミツつぼを大事そうに抱えながら居眠りに船をこいでいる頭に乗せたカメの甲羅で翼を休めるツバメが被ったトンガリ帽子に刺さった魚の背びれ、腹びれ、胸びれ、尾びれから伸ばした枝々には天使が絡まっていた。
だがそれは「木」だった。けれど無数の枝々が絡みあい、巨大な「城」を形づくっていた。城は屋根に向かうにつれただの木になる無数の荘厳なハト時計の尖塔群の下の花模様の装飾をあしらった豪奢な城門から旅立つカバの口の中に飾られる燭台に灯るブタの魔法使いの杖から放たれるバスタブの中でピアノを弾くカマキリの先陣を切る尻尾がホウキのネコの座る鋲の打たれたカニツメの突撃槍を構えるガランドウの騎士甲冑のまたがるカタツムリはツノがムカデでヤリが天使で、天使は行進の旗手のように枝を振っていた。
だがそれは、やっぱり木だった。けれど無数の枝々が絡みあい、幾多のイメージを形づくっていた。あちらこちらで現れては消え、また変化し、とめどなくうごめいている。見つめようとしても焦点を定めきれず、めまいを起こすようだった。
「ヴヴウゥゥ……ゥウヴゥゥ……ゥゥヴヴヴウゥゥウヴゥゥ……」
千変万化のウォーキー・ドゥーヒキーに魅了され、その巨体が目前に迫るまでオレは立ちん坊を続けてしまった。そのとき、ほんの気まぐれだろうが、天使がかしわ手を一拍打った。
「パン!」
ようやくオレは我を取り戻し、潰される前になんとか逃げだした。そんなオレの様子を、樹冠の枝々に芽吹く木の天使たちが笑いながら見下ろしていた。
「ふぅ……やれやれだ」
なんの成果もないままだが、テキトーに総括して帰途につく。帰路を阻むものはこれといってなく、やがて見えてくるひとりの姿。
若草色のショートヘアから、クタリと垂れるしおれ耳。オレと同じくらいの小柄な背格好で、エプロンドレスのいでたちはオシャマな田舎娘といったところ。
そんなプーカは、静かにたたずんでいた。赤い瞳をまぶたにひそめ、胸元で握りあった両手に顔を寄せている。自分自身へ語りかけるように、ささやき声で唱え始めた。
「……ウォーキー・ドゥーヒキー様……いつも森とわたしたちをお守りくださり、ありがとうございます……」
そのお祈りのようなものは、プーカだけがしていることだった。なんの意味があるのか分からないが、わざわざ聞くことでもないような気がして、黙って見守っていた。
お祈りの効能はさておき、ウォーキー・ドゥーヒキーを言い換えれば「動く森」だろう。
その生態は奇妙キテレツ。不定形の巨体を這いずって木々をなぎ倒し、自分自身の木を植えて回っている。
ちなみにオレの木はすぐに枯れて根づくことはないのだが、ウォーキー・ドゥーヒキーの木はそのまま定着し、新たな森となっていた。
ウォーキー・ドゥーヒキーが現れ、人々の目に触れるようになったのは――もちろん、オレは覚えちゃいないが――オレと母さんが里へ来たのと同じころだったらしい。なぜだか里を踏み荒らすこともなく、どうせ手が付けられないので放って置かれていた。
一体全体にウォーキー・ドゥーヒキーとはなんなのか。誰も知らないし、みんな興味もないようだ。とりあえず「なんだか分からない動き回るモノ」と――「ウォーキー・ドゥーヒキー」と、誰からともなく呼んでいた。




