(14)大鬼について バスタいわく
木というものは、時に異形を取る。恐れをいだく者にはしだれた枝葉が幽霊となり、うしろ暗い者にはのたくる枝々が妖怪となる。それを見る者の精神状態により、ツノを生やすミノタウロスにも、キバを持つベヒモスにも、その威容はヘンゲするのだ。
しかしオレには、一片の恐れも後ろ暗さもない。ずいぶんと大きな大木だとは思うが、目前にそびえる「その木」が「ただの木」であれば、オレが見間違えることなどありはしないのだ。
オレは動転しながらも、目前の事象を我ながら的確に表現した。
「……変身したッ?」
それは「急速な樹木の成長」という言葉では物足りない「変身」と表すべき光景だった。先ほどまでそこにたたずんでいたゴブリンは、かすかな面影を残して「ナラの大木」と化していた。
ナラの大木は、三本の幹で大地に根を張っている。三角形の配置で内に湾曲し、それは胴体とふたつの腕のように見える。幹は上空で結合して大きなコブになり、片ツノを生やすヒツジ顔を形づくっていた。
その姿はまるで――いや、この怪物の正体は――
「……オークだッ!」
心に湧いた確信が、思わずオレの口をついて出た。
太い幹は筋肉のように、細い幹は血管のように、無数に絡みあって巨体を形づくっている。グロテスクな筋骨は空を隠す樹冠へとつながり、ヒツジ顔の片ツノもトグロを巻いて樹冠の一部となっていた。
カイナとタッカーはおののくばかりで、釘付けになってオークを見上げている。
「……あぁ……あ、あ……」
オレもまた、驚きに硬直していた。しかし事態を観察する冷静さは、かろうじて持ちあわせて――ん、あれは――
「なんだ……?」
絶句していたタッカーの足元で、地面がモッコリと盛り上がる。土を割って現れたのは、新芽の「葉っぱ」だ。その勢いは衰えず、すくすくとなんてレベルじゃなく、またたく間に急成長した。
「……ゥゥゥゥウウヴゥ!」
小ぶりながら木と呼べるまでに成長し、それは人の姿を形づくっていた。
ただし出来が良いとは言いがたく、えぐれた腹に骨の浮くヤセギスで、脚らしき二本の幹はよじれて大地につながっている。頭は腐乱したようにゆがみ、脳天には申しわけ程度にナラの葉っぱを添えていた。
大地を割って現れた、タッカーよりひと回り小さなコビト。コイツは――
「……ノーム!」
ヤセギスのノームには、細くて長すぎる腕が右半身に二本、左半身三本付いていた。そんなずいぶんとブキミなヤツが、タッカーの身体を這うように絡みついていく。
「ヴゥ……ゥウヴゥ……」
その異様な光景は現実感がなく、オレはただぼう然と眺め続けた。さすがにタッカーは我を取り戻したが、抵抗もむなしく後の祭り。ノームは数を増やし、背に、胸に、脚に、五体がまとわりつき、タッカーの身体はがんじがらめだった。
「ギチ、ギチ、ギチ……ギチチッ」
人は恐れによって、ただの木でさえ動く化け物に変える。だがオレの目前にそびえるそれは、紛れもなく化け物であり、疑いようもなく動きだし、そして咆哮した。
「ンヴエエエエエエェェェェエエエェェエェエェェェェエエッ!」
無数の樹皮がこすれ合い、きしむようなごう音がとどろく。オークは咆哮とともに、巨大な右腕を大地から引き抜いた。
「ゥウヴヴヂヂイィッ……ヴヂ、ヴヂィィ……」
土煙が舞い上がり、視界は不明瞭だった。だがオークが差し伸べる右腕に迷いは感じさせない。標的はやはり、がんじがらめにされたタッカーだ。
オークの右腕の先には巨大な指が三本あり、二本は左右下向きで、一本は上向きで付いていた。左下向きの指が上向きの指を押さえつけて輪を作り、力が込められる。
「ギリッ……ギリリィ……ッ」
ついに臨界に達すると輪は崩壊し、上向きの指が弾きだされた。一連の動作をありていに表せば、一発の「デコピン」といったところ。だが実態は、丸太ん棒による豪打だ。当然に「ペチンッ」で済むはずはない。
「ズドォオンッ!」
タッカーに直撃し、ノームもろとも路傍でこづかれた石コロのようにかっ飛ばされた。
「びたぁんッ!」
立ち木へ打ちつけられ、ぼとりと地面に転がるタッカー。そんな惨事を目にし、ようやくオレとカイナは正気を取り戻した。
カイナへと目くばせをしながら、タッカーの方へアゴをしゃくって支持を出す。尋常じゃない相手だ。うかつに手を出すべきじゃない。
ボロぞうきんとなったタッカーへ駆け寄るカイナ。オレはオークを警戒しつつ、カイナの撤退を見届けてからそれに追従した。
しばらく走って、そろそろ安全な距離が取れた頃合いか。カイナはまだ動転が治まらないようで、目を見開きながら口を開いた。
「冗談じゃないよッ、あんなバケモノッ! 探してたってのはアレかいッ?」
そんなカイナの肩には、タッカーが抱えられている。ちぎれた鎧の残がいと、破れたマントをぶら下げて息も絶えだえな様子。
「ヒィ……ィ……ヒィ……」
ほとんど引きずられながらの逃走だった。
ここで動揺を見せても、仲間を不安がらせるだけだ。ふたりを見守りながら平静をよそおい、オレは真顔を作っていた。しかし内面の感情は顔から染みだし、冷や汗となって伝っていく。それでも努めて冷静に、オレは支持を口にした。
「ともかくも、他の連中と落ちあって態勢を立て直そう……アトロゥに報告だ」




