(13)昔話について パックいわく
それはとてつもなく広大な森だった。見渡す地平まで続くその大森林は、木々が織りなす迷宮であり、外敵の立ち入りを阻む聖域ともなった。
聖域に住まう者たちは、その大森林を崇敬して「世界をなす樹」――「ユグドラシル」と呼称した。また自分たちを「ユグドラシルに巣喰う虫」――「ユグレナ」と自称した。
そんなユグドラシルに、オレたち兄妹はいた。オレたちは異なる母と同じ父を持つ異母兄妹で、産みの母はともにストレンジャーだった。そして産みの父はユグレナだった。
その血を引いてユグレナとして生きるオレたちは、ユグドラシルの森の奥深くにあるユグレナの隠れ里で暮らしていた。
兄であるオレの気質は、母さんに似ておとなしい――と父さんは言うが、それ以上の無愛想とでも表すのが妥当だろう。また格別に人相も悪く、奇妙なツノまで生えたヤツなんかへ、関わろうとする者は少なかった。
妹のプーカは誰に似たのか、明るく無邪気なたちだった。その顔立ちは、やはりユグレナの特徴である反り返ったブタ鼻が付いていて、オレのそれともよく似ている。だけど鼻以外は愛らしい顔立ちで、オレとは似ても似つかない可憐さをたたえていた。
そんなプーカだったが、涙にむせぶ日も少なくはなかった。
ユグレナの草色の髪と長い耳は、外敵であるストレンジャーとは異なったものだ。それはユグレナの象徴であり、つまり誇りであり、そこには美意識があった。そんなユグレナにとって、しおれ耳のプーカが嘲笑と軽べつの対象となるのは、いたって当然のことだった。
母さんが逝去して間もない、ある日のことだった。同年代の子供らに冷やかされているプーカが、オレの目に入った。子供らしい陳腐な悪口とともに、しおれ耳はつねられ、引っぱられ、泣かされていた。その光景は珍しいものではなく、オレは見て見ないふりをするのが常だった。
オレは幼くして自身の由来を教えられていた。母さんは残り少ない余命を自覚し、すべてを伝えようと懸命だったのだろう。今にして思えば、それが親心であったことが分かる。けれど当時のオレは、割り切れていたとは言えなかった。
オレの半分はストレンジャーであり、もう半分はそのストレンジャーを苦しめたユグレナなのだ。それは物心つくほどに受け入れがたいものになっていき、幼いオレをむしばんでいた。
オレは自分自身を否定し、他者に受け入れられようとも願わなかった。誰とも、プーカとさえ距離を置いた。だからこそ、その日は来たのかもしれない。
いじめられるプーカの姿に、心の奥底へしまい込んでいた感情に、火花が散って燃えあがった。まぁ、要はキレたってことだ。とにかく話は、その次の瞬間についてだ。
オレの左コメカミに生えた小さなツノが、猛烈な勢いで伸びていった。ツノは分岐して節くれ立ち、芽が付いて葉っぱをたくわえた。足からは根が生え、のたうつように地面をえぐった。オレの身体を埋もれさせながら幹が伸びて無数にもつれ合い、枝葉が豊かに繁茂していった。
その日からオレは「木」になれるようになった。我ながら相当に立派な「ナラの大木」だ。
そういえば、あの奇妙な声――のようなモノが聞こえてくるようになったのは、そのころだったかもしれない。気持ちがたかぶると、脳裏に響いてくるのだ。
雑音のような、戯れ言のような――と言っても不快感があるわけじゃなく、ただ印象だけを残していく謎のこだま。
「……その木に触れてはなりません……あなたに森の君である覚悟がないのなら……」
とかなんとか。
当時のオレは、みんな聞こえるものだと思っていた。ところがオシアンに話すと、オシアンはしばらく黙りこくって急に血相を変えた。青ざめたと思ったら真っ赤になり、それからクツクツと笑みをこぼす。そんなふうにして、たしかこんなことを言っていたっけ。
「キミ、まさにそれは……そう……うん。『福音』と言っていいな……いや、パック。なかなかに興味深いよ」




