(12)小鬼について カイナいわく
地面に突き立つ大剣は、大人の身長に迫るほどの大きさだ。そんな大剣がバスタによって軽々と抜き放たれ、ふたたび彼の頼もしい背中へと納まった。
足元の低木を眺め、バスタは何やら不審顔をしていた。けれどボチボチと歩みを再開。無造作に遊ばせる黒髪をかき上げながら、かたわらに歩むわたしへと語りかけてきた。
「それにしても、あのずきん男……ヤツの風貌がうさんくさかったことは間違いないが、ヤツの話の方は信用していいのだろうか」
ずきん男ねぇ。あんなホラ吹きのことなんかより、今はこの冒険を――わたしたちの旅を楽しめばいいじゃない。
「さぁ、どうでもいいんじゃない? 前金は貰ったんだしさぁ、適当にブラついてりゃいいじゃんッ。ところでさ――」
わたしがしゃべるのは、取るに足らない話。だからってバスタも気安く聞き流してくれちゃってさ、もぉー。
そんなくすぐったくて心地よい時間を、耳から押し入って邪魔するモノがあった。
「ビイイイイィィイィイイィィィイィィィィィィィィイイプッ!」
森をつんざく絶叫が鳴り響く。それは悪魔のホルンから鳴り渡る死の宣告ような――はたまた低い金属音が濁って淀み、大ごう音となって神経を逆なでしてくるような――なんと表現するかはさておいても、とにかくウルッサイことこの上ない。
「ビイイイィィイイイィィィィイイィィィィィィィィィイプッ!」
たぐり寄せられたわたしたちの視線が捉えたのは、なんともキテレツな生き物だった。それを見上げながら、バスタが大げさな口調で言った。
「なんてこった……木の上で、生首がうごめいているぜ!」
枝の上では、人間の頭だいの白い球がヒョコヒョコと動いている。黒いまだら模様が入っていて――まぁ、生首ドクロのように見えなくもないかな。けれどドクロには、カギツメ、翼、尾羽、大きくて鋭いクチバシが生えている。それからやぶにらみにグリグリと視線の定まらないギョロ目もついていて――これはアレだね、間違いなく。
わたしは素直な感想を口にした。
「ただの鳥だろ、ブッサイクな!」
わたしとバスタで、ケラケラと笑いあう。けれど背後を見ると、ニコリともしていないタッカーの仏頂面がひとつ。まーったく、この男はノリが悪いんだから。
タッカーはマントつきの鎧に身を包んでいた。鎧にあしらわれたワシの意匠は、彼のトレードマークらしい。兜はなく、白髪まじりの黒髪が後ろへ撫でつけられ、頭の輪郭もワシを思わせる。そんでもって眉間のシワにワシ鼻がついたようなシブいワシ顔の、ワシみたいに無愛想な男だった。
そんなタッカーは、ドクロ模様の鳥に目もくれていなかった。獲物を狙うワシのような視線が、森の一点をうかがっている。いったい何事かと思い、わたしは声をかけた。
「どうかした? タッカー」
跳ね上がったクチヒゲをねじりながら、タッカーが口を開いた。
「わしの目に狂いがなければ、あれに見ゆるは人影か」
「それ」はずいぶんと小柄ながら、人間のように見えた。けどこんな、辺ぴな森の奥くんだりにいるモノって言ったら、ねぇ。
小柄な「それ」を見すえながら、タッカーが語を継いだ。
「……しかし奇妙なことだ。このような深山幽谷に、わっぱがポツリか」
「それ」は肉づきのよいワンパク坊主のような身体つきをしていた。着ている半そでシャツはボタン留めの前をはだけさせ、半ズボンをつっぱるでっぱらのデベソがはみ出している。
それにしても、タッカーが冗談なんて珍しい。わたしは思わずニヤリとしつつ、タッカーの言葉にもったいぶって返した。
「そんなワケないよねぇ?」
「それ」は裸足で森にたたずんでいた。耳は長く尖り、鼻は上向きに反り返り、肌は土色で、短いボサボサ髪は深緑の草色。目元は彫りが深く、大きな目玉へひさしをかけるほどに上部が厚くでっぱって――つまりカンタンに言えば、醜い悪人ヅラ。
そんな半月型のギョロ目が、その赤い瞳でわたしたちににらみを利かせている。人に似て人ではない「それ」を眺めながら、バスタがズバリと言った。
「ゴブリンが一体か……フッ、チョロいな」
「ほどほどにしておけよ。売り値がくだる」
タッカーの強欲なセリフに、わたしはウンザリとして返した。
「ちょっとぉ、連れ歩くわけぇ? 邪魔クサい……」
わたしの言葉を聞いてか聞かずか、バスタはけだるい調子で言った。
「さぁて、手加減できるかねぇ?」
そのとき、目前の「それ」は――「ゴブリン」は、わたしたちへ身体を横に向けて右前側を見せていた。けれどおもむろに向きを変え、その正面をこちらへ向けた。そこには――
「ねぇ……アレって……?」
今まで森の枝葉に紛れていたゴブリンの「奇形」に、わたしたちは気がついた。
ゴブリンの左コメカミ辺りから「棒」が伸びていた。それは幾本かに分岐し、その先には「ふちがデタラメに波打った緑色の薄っぺら」――「ナラの木の葉っぱ」がついていた。動物に生えているような「ツノ」ですらなく、ゴブリンから木の「枝」が生えているのだ。
ゴブリンを見るのは初めてじゃないけれど、こんなヤツは見たことがない。ずきん男が言っていたホラ話が、まさか本当だったなんて。




