第7話 見定める側に
ロビーに着いたのは7時50分だった。
《白狼の牙》のメンバーはすでに全員いた。
統一された黒装備。無駄のない立ち方。
探索者登録の窓口とは明らかに違う空気だ。
戦う側の人間が、出発前に体を落ち着けているときの静けさがある。
俺を見て、何人かの目が動いた。
値踏みする目ではない。
ただ、何者か測ろうとしている目だ。
玲が前に出た。
「紹介します。臨時顧問の風見悠真さんです。今日は攻略前の支援スタッフ全員を見てもらいます」
「……あの窓口の人ですよね」
後列の若い男が、小声で隣に言った。聞こえていた。
俺は顔を向けなかった。
「始めていいですか」と玲に言う。
「どうぞ」
◇
支援スタッフは8人だった。
地図士、装備整備士2人、回復薬管理士、情報記録員、搬送担当2人、連絡調整役。
ロビーの壁際に並んでいる。
攻略隊本体とは違う、後方を支える側の人間たちだ。
俺はゆっくりと順番に見ていった。
1人目。装備整備士の男。道具の持ち方に迷いがない。袖口の油汚れは昨日の作業跡だ。問題ない。
2人目。情報記録員の女性。手元の端末を何度も確認しているが、これは緊張だ。怪しさではない。
3人目、4人目、5人目。通過。
6人目で、俺は足を止めた。
地図士の女性だった。
30代、おそらく経験年数は長い。
目つきも動作も落ち着いている。
出立前の支援スタッフとしては普通に見える。
だが。
【看破】が静かに動いた。
出席確認の用紙に自署したときの筆圧だ。
最初の1画は普通だった。
だが2画目の途中で、筆圧が急に落ちている。
考えながら書いた跡ではない。
手が、一瞬止まった跡だ。
もう1つ。
左の手首を、右手でごく短く触れる動作が3回あった。
他の誰もしていない。意識的ではなく、体が勝手にやっている。
追い詰められたときに出る、自分を落ち着けるための動作だ。
これは嘘をついている人間の緊張ではない。
ばれることを恐れている人間の緊張だ。
「少し待ってください」
俺は玲に声をかけた。
玲がすぐに来る。
「この方に個別で確認したいことがあります。別室を借りられますか」
玲は一瞬だけ俺を見た。
「用意します」
◇
別室は庁舎の小会議室だった。
3人で座る。
俺と玲と、地図士の女性——名札には「永瀬」とある。
永瀬は両手をテーブルの上に置いていた。
静かだが、指の先だけが微かに白くなっている。
「何か、困っていることはありますか」
俺は責める言い方をしなかった。
永瀬が目を上げる。
「……いえ、特に」
「この攻略の参加を、誰かに強いられていますか」
沈黙が落ちた。
玲が息を吸う音がした。
永瀬は10秒ほど黙っていた。
それから、唇を少しだけ動かした。
「……どこで、分かったんですか」
「書類のサインと、手首です」
永瀬は両手を膝の上に引いた。
「娘が……連れて行かれています。攻略の入坑ルートと装備配置を、事前に流すように言われました。断ったら、連絡が取れなくなって」
玲の目が一段冷えた。
「いつからですか」
「2ヶ月前から、です。《白狼の牙》の前回の攻略も……私が情報を流していました」
玲は立ち上がった。
「隊員を呼びます。お子さんの居場所を特定します」
「……本当に、ですか」
「うちは情報戦も含めて戦います」
玲は短く答えて、廊下に出た。
俺と永瀬が2人になった。
永瀬は顔を覆いながら、小さく肩を揺らした。俺は何も言わなかった。
◇
1時間後、ロビーに戻った。
残りの2人の確認を終えて、支援スタッフの審査が完了した。
《白狼の牙》の隊員たちは誰も口を開かなかった。
さっき俺を見ていた若い男が、今は視線を床に落としている。
別室で何があったかは、玲から簡潔に伝わったはずだ。
玲が俺の隣に来た。
「助かりました。前回の攻略情報漏洩の原因もこれで分かった」
「永瀬さんの娘は」
「既に動いています。おそらく今日中に」
「そうですか」
俺は手元の確認票に目を落とした。
8人、全員確認済み。
「1つ聞いていいですか」と玲が言った。
「どうぞ」
「強制されていると、なぜ分かったんですか。偽装か、強制かは、見た目では似ているはずです」
俺は少し考えた。
「偽装している人間は、ばれないように動きます。だから視線や体の向きを制御しようとする。でも永瀬さんは、自分自身を抑えていた。怖いのを、何とか抑えていた。方向が逆なんです」
玲は黙っていた。
「……なるほど」と、しばらくしてから言った。
それだけだったが、俺には十分だった。
◇
審査を終え、ロビーを出ようとしたとき。
待合の椅子に、見慣れない人間が座っていた。
探索者ではない。装備を持っていない。
スーツ姿で、年齢は50代。
庁の職員証らしきものを上着の内側に持っているのが、わずかに見えた。
俺が通り過ぎると、その人物の視線がついてきた。
1秒ほど。
それだけだった。
だが、その目の動きは、久坂係長や堂島係長のものとは違う。
評価している。
値踏みではなく、用途を考えている目だ。
俺は歩みを止めなかった。
庁の上のほうが、動き始めているかもしれない。
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