第8話 本部の目
朝、玲からメッセージが届いた。
『永瀬の娘、確保。無事です。報告は改めて』
俺はそれを読んで、端末を閉じた。
窓の外では探索者たちが今日も出入りしている。
何も変わっていない。
ただ、1人の支援スタッフが今日から普通に仕事に戻れる。
それだけのことが、妙に重く感じた。
今日は窓口の最終日だった。
◇
午後の申請業務は、いつも通りだった。
3件受けて、3件通した。
止める理由のある案件はなかった。
そうでないものは通す。
3年間、それだけをやってきた。
業務終了のアナウンスが流れ、探索者たちが出ていく。
俺が書類をまとめていると、フロアの入口で足音が止まった。
「風見悠真さんですか」
振り返ると、昨日ロビーで見た50代のスーツ姿の人物だった。
隣に30代の男を連れている。どちらも庁の職員証を見せた。
「庁本部総務局の五十嵐です。少し時間をいただけますか」
「構いません」
「別室をお借りできますか」
「どうぞ」
◇
小会議室に3人で入った。
五十嵐参事官は向かいに座り、随行の男は壁際の椅子に腰を下ろしてノートを開いた。
五十嵐は前置きなしに始めた。
「第一支部で過去3年間に差し戻された案件の記録を確認しました。封圧杭の持ち込み、ランク詐称、違法改造魔道具、偽装要員の申請、そして先日の攻略前審査での件。すべてあなたが止めています」
「はい」
「《白狼の牙》と臨時顧問契約を結んだことも把握しています」
俺は黙っていた。
「咎めるつもりはない。むしろ話をしたかった」
五十嵐は手元の書類を1枚出した。
「現在、庁内の情報漏洩について本部主導で調査しています。攻略情報の流出、偽装監査員の件、過去3年分の申請情報の一部が外部に渡っていた可能性。これらに共通する内部の情報源がいる」
「分かっています」
五十嵐が少しだけ目を細めた。
「あなたの目を、その調査に使わせてほしい」
俺は五十嵐を見た。
それから、壁際の随行者に視線を移した。
男はノートに何かを書き続けている。
だが。
【看破】が静かに動いた。
会話のペースに対して、ペンの動きが多すぎる。
五十嵐がしゃべった量と、書かれている文字量が一致していない。
この部屋の外に向けて、別の内容を記録している。
「五十嵐参事官」
俺は言った。
「随行の方に、少し席を外していただけますか」
五十嵐は動じなかった。
少しの間があった。
「……いいでしょう。外で待ってください」
随行者が無言でノートを閉じ、部屋を出た。
2人になった。
「ノートの記述量が会話と合っていませんでした。この部屋の内容を、別の誰かに向けて書いていた」
五十嵐は俺をしばらく見ていた。
それから、静かに息を吐いた。
「よかった。それを見抜けなければ、話を続けるつもりはありませんでした」
「テストでしたか」
「確認、と言ってください。本部の中でも、誰を信用できるか分からない状況です。あの男が何を書いていたか、私には分かっている。だが、それを初見で見抜ける人間があなた以外にいなかった」
俺は何も言わなかった。
五十嵐は続けた。
「あなたをS級に取られた。それは私の判断が遅かった。ただ、S級との契約は今のまま続けていい。本部としては、公式な枠組みで並走してほしい。報告ルートを2本持ってもらう形でいい」
「要するに、内部のどこに漏洩元があるかを見つけろということですか」
「そうです」
「分かりました」
五十嵐はわずかに目を細めた。
「即答ですか」
「もともとそのつもりでした」
五十嵐は短く笑った。
初めて見る表情だった。
「いつから、気になっていましたか」
「3年前から、何かがおかしいとは思っていました。名前はつけていませんでしたが」
「3年分の蓄積がある、ということですね」
「ええ」
五十嵐は立ち上がった。
「時間をください。数日で答えが出るかもしれない」
俺は頷いた。
窓の外はもう薄暗くなっていた。
明日から管理課庶務になる。そしてその同じ日から、本部の調査の目にもなる。
庁が窓口から外したつもりの人間が、同じ庁の核心部分に繋がろうとしていた。
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