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第6話 辞令と返事

 翌朝、悠真の机に白い封筒が置かれていた。


 「人事異動のお知らせ」という標題。

 発令日は今週末。異動先は管理課庶務係。


 要するに、窓口から外される。


 久坂係長が端のデスクからこちらを見ていた。

 反応を待つような目だ。


 俺は封筒をデスクの隅に置いた。


 「了解しました」


 周囲から何人かが顔を上げる。

 久坂が少し拍子抜けしたような顔をした。


 驚く理由がない。


 《白狼の牙》から話が来た翌日、上司3人が引き留めに動いた。

 その翌々日に異動通知が出た。

 庁の対応としては、むしろ早い方だ。

 窓口から外して、S級との接点を断つ。

 それが目的なのは明らかだった。


 「……風見、その、本当に構わないのか」


 堂島係長がやや声を落として言った。


 「構いません」


 「管理課は現場から離れるぞ。お前の仕事と合わないんじゃないか」


 「合わせます」


 堂島は何か言いかけて、やめた。


 俺は端末を起動した。今日の受付件数の確認だ。





 昼前に、見慣れない人物が来た。


 40代の男性で、グレーのスーツ、庁の正規バッジを首から提げている。

 受付カウンターではなく、フロア全体を見渡してから監査課の職員に声をかけた。


 「本部の安全管理課から参りました。定期の実地確認です」


 監査課職員がてきぱきと対応する。

 俺は書類に目を向けたまま、意識だけを向けた。


 定期の実地確認。


 先月も先々月もそんな話はなかった。


 男は監査課職員と数分話してから、俺のデスクにやってきた。


 「少しよろしいですか。風見さん、でしたね」


 「はい」


 「先月から今月にかけて、窓口での保留・差し戻し件数が平均より高くなっています。本部の審査基準との整合確認をしたいんですが」


 丁寧な言葉だ。

 バッジも本物に見える。

 問い方も普通だ。


 だが。


 【看破】が動いた。


 2つの違和感が同時に来た。


 1つは言葉だ。


 『保留・差し戻し』


 この庁の内部では『保留』とは言わない。

 受付処理の種別は『確認待ち』と『差し戻し』で分けている。

 本部の職員なら当然知っているはずの区分だ。


 もう1つはバッジだ。

 首から下げているバッジのラミネートが、左端だけ特に擦れている。

 毎日左胸ポケットにクリップ留めしている人間の跡だ。

 首掛け型のバッジを常用しているなら、こうはならない。


 このバッジは、今日だけ使っている。


 本部の人間ではない。


 「差し戻し件数が高いのは、申請内容に不備があったからです」


 俺は答えた。


 「それ以上の詳細は監査課の記録に残っています。そちらをご確認ください」


 「いえ、個別の判断基準について伺いたいんですが。たとえば先週止めた申請のうち、どのケースが——」


 「個別案件については答えられません」


 男の顔が微かに動いた。


 「庁の規定上、進行中の確認案件の詳細は審査担当者から直接聞くことができません。本部の方であれば当然ご存知かと思いますが」


 そんな規定はない。


 だが男は否定しなかった。


 「……失礼しました。確認不足でした」


 男は頭を下げて、監査課の方に戻っていった。


 俺は書類に視線を戻した。


 昨夜のバーの盗聴者。

 今日の偽装監査員。


 どちらも俺が何を知っているかを探っている。


 庁内に情報が漏れているとしたら、俺が何を止めたかも筒抜けになっている可能性がある。





 昼休みに入ると同時に、俺は庁舎の外に出た。


 玲に連絡を入れると、10分で来た。


 庁舎裏の自販機コーナーで向かい合う。


 「答えを聞かせてください」と玲が言った。


 「サインします」


 玲はすぐには動かなかった。

 ただ1度だけ、細く息を吐く。


 「分かりました」


 「その前に報告があります」


 俺は今朝の件を話した。

 偽装監査員のこと、言葉の齟齬、バッジの摩耗、聞き出そうとした内容。


 玲は黙って聞いていた。


 「昨夜のバーの男の身元が出ました」


 と玲は言った。


 「フリーの情報ブローカーです。複数の組織と契約していて、その中に庁関係者が含まれている可能性が高い」


 「今日の男も同じ組みですか」


 「おそらく。あなたが何を止めているか、どこまで見えているかを確認しに来た。あなたが庁を離れる前に、情報を整理したかったんでしょう」


 つまり、俺が動く前に動いた。


 「間に合いませんでしたね」


 玲はわずかに口角を上げた。


 「そうです」


 契約書は玲が持っていた。

 俺はそれを受け取り、署名欄に名前を書いた。


 ペン1本で、3年間とは別の話が始まった。





 午後の業務に戻る前に、俺は机の上の人事異動通知を手に取った。


 管理課庶務。窓口から外れる。申請の受付はしなくなる。


 受領のサインをして、所定の箱に入れた。


 隣で佐々木が、ちらちらとこちらを見ていた。


 「……風見、それ、受け入れるのか」


 「そうです」


 「なんでだよ。お前の仕事、ここだろ」


 「そうでした」


 俺はデスクの引き出しを開けた。


 さっき受け取ったばかりの契約書の控えが入っている。


 「今日から、もう1つ仕事が増えたので」


 佐々木が何か言いかけたが、俺は端末を開いた。


 午後の申請受付まで、あと5分ある。


 今日の窓口は、いつも通りやる。


 そのとき、玲からメッセージが届いた。


 『明朝8時。攻略前審査の初回。第一支部ロビーに来てください』


 来週の異動発令より、3日早い。


 俺はメッセージを閉じた。


 庁が窓口から外そうとした男を、S級クランが攻略顧問として呼んだ。


 その順番が、すべてを言っていた。


読んでいただきありがとうございます。

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