第15話 言わなかった礼
審査室は前回と同じ配置だった。
テーブルが3列並んでいて、窓から差し込む光の角度が前回より少し高い。
季節が変わった分だけ、部屋の中の光の形が変わっていた。
書類を広げた。
倉本の変更装備申請書。審査チェック表。玲が事前に送ってきた装備変更の承認票。
3枚を並べると、前回との差異は装備名の1行だけだった。
◇
定刻に玲が来て、後ろに倉本が続いた。
前回は玲が入ってすぐ倉本を紹介した。
今回は違った。倉本が入口の手前で一度足を止め、室内を確認してから自分で椅子の前まで来た。腕は組んでいない。
軽い挨拶を交わす。
玲は横に立って、何も言わなかった。
装備リストを開いた。
前回の申請書に記載されていた重量系の両手武器が、別タイプに変更されている。
メーカーが違い、形状も別だ。振動の分散設計が入っている型だった。
「変更後の装備で、問題は出ましたか」
「3回試した。慣れたら動かせる」
倉本が書類を1枚追加で差し出した。
「試用中の負荷記録です。確認に使えるかと思って持ってきました」
受け取った。
模擬訓練の負荷ログと、右手首の状態変化のメモが2ページにわたって記録されている。
審査に必要な書類ではない。持ってくるかどうかは本人が決める。
「確認します」
数字と申請内容を照合した。
負荷の推移と右手の回復状況が一致している。矛盾はなかった。
「問題ありません」
「そうか」
視線は俺に向いたまま外れなかった。
前回のように窓の外に向くことはなかった。
玲が書類を引きながら言った。
「今月末の攻略申請には変更後の装備で入れます。審査は前日に。確認できますか」
「はい」
玲がメモを取った。
倉本は腕を組まないまま椅子の背もたれに少し体重を預けた。
◇
審査が終わって倉本が立ち上がった。
扉に向かう途中で一度だけ振り返った。
礼でも説明でもない。2秒ほどの間があった。
扉が閉まった。
◇
玲がまだ部屋に残っていた。
「ありがとうございます」
「いえ」
書類を重ねる音だけがしばらく続いた。
「倉本は試用に3回行っています。怪我の件は他のメンバーに話していません」
手が止まった。
「そうですか」
「本人がそうしています」
玲はドアの方へ向かいながら、それ以上のことは言わなかった。
部屋を出た。
審査室に一人になった。
窓から差し込む光が書類の上に落ちている。
倉本が持ってきた試用記録の束が、申請書類の横にある。
書類を揃えて立ち上がった。
◇
廊下に出ると外はまだ明るかった。
エレベーターを待つ間、ロビーの方から来訪者の声が聞こえた。
内容は聞き取れない。窓の外で建物が逆光になっていた。
スマートフォンが鳴った。五十嵐参事官からだった。
『南棟の件について報告があります。業者の背景照会の結果が出ました』
『はい』
『沼田・一ノ瀬が接触していた組織と、同系統であることが確認されました。漏洩ルートとは別に、庁への直接侵入を図っていた可能性が高いと見ています』
『侵入の目的は特定できていますか』
『現時点では不明です。何かを確認しに来たのか、別のルートを作ろうとしていたのか、どちらも残っています』
『分かりました』
『今回の件は記録します。協力文書の改訂版についても、今週中にお送りします』
『はい』
電話が切れた。
廊下の窓から外を見た。
雲が西に流れていて、日差しがまた出てきた。
漏洩ルートを2本断った後でも、組織は動いていた。
方法を変えて、別の入口を探していた。
庶務に向かった。
廊下の照明の間隔が、本部よりも広い。
窓の向こうでまた雲が日を隠した。
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