第11話 問いの向き
管理課庶務に来て、1週間が過ぎた。
朝に来て、書類を処理して、昼に弁当を食べる。
午後もまた書類を処理して、定時に退勤する。
窓口にいた頃とは書類の種類が違うが、流れ自体は同じだった。
隣の先輩職員は「慣れれば楽ですよ」と言っていた。
慣れとは違うが、処理の手順は体に入っていた。
木曜の昼過ぎ、回ってきた書類を1枚ずつ確認しながら、頭の別のところで考えていた。
玲に連絡するかどうか。
◇
五十嵐参事官と動くには、次の《白狼の牙》の申請が出るタイミングが要る。
それが分かれば、準備を早められる。
玲に聞けば教えてもらえる。その確信はあった。
ただ、《白狼の牙》の申請スケジュールは攻略計画の核心に近い情報だ。
庁側の事情で引き出すことを、玲はどう受け取るか。
——いや、そこじゃない。
受け取り方を考える前に、自分の中で整理しておくことがあった。
聞く自分が、どちらの立場にいるか、だ。
庁の職員として聞くのか。顧問として聞くのか。
どちらでもある、では答えにならない。
隣の先輩職員がコーヒーを淹れに立った。
「風見さん、1杯どうですか」
「大丈夫です。ありがとうございます」
先輩職員がマグカップを机に置く音がして、また静かになった。
書類を1枚処理した。
受理票を付けて、次の係のトレイに置く。
そしてまた1枚、手に取った。
◇
結論は出なかったが、夕方に連絡しようとは決めた。
どちらの立場か、という問いへの答えはまだない。
ただ、聞かないまま五十嵐参事官の側だけで動き続けるのは、何かが違う気がした。
その感覚だけがあった。
定時になって、タイムカードを押した。
廊下を歩きながら、言葉を整理した。
タイミングを直接聞くのではなく、状況だけ伝える。
あとの判断は玲がする。それだけでいい。
エレベーターを降りて建物の外に出ると、夕方の空気がまだ少し残っていた。
商店街の手前で信号が赤になった。
向かい側に、買い物袋を下げた人が数人立っている。
青になって、歩き出した。
◇
駅のホームで電車を待ちながら、玲に電話をかけた。
『風見です。少し話せますか』
『どうぞ』
『特別入坑申請の担当者について、内部で目星がついています。次の申請が出たとき、その担当者が処理する流れになれば、事前に準備を整えたい。可能であれば、申請のタイミングを知らせていただけますか』
一息分の間があった。
『申請は来週の火曜に出す予定です』
玲が、俺より先に言った。
『……ありがとうございます』
『1つ聞いていいですか? こちらから話す前に、なぜ自分から聞いてきたんですか』
『攻略スケジュールを庁側の事情で引き出すのは、筋が違うと思いました。ただ、知らせないまま動き続けるのも違う。だから、状況だけ伝えてから判断を委ねることにしました』
『そうですか。状況によって正しいかどうかは変わります。ただ、その判断をしたこと自体は評価します』
と玲は言った。
いつもの実務的な返し方だった。
『もう1つ、依頼があります』
と玲が続けた。
電車が入ってきた。俺はホームの端へ移動した。
◇
『次の攻略前審査で、全員を見てほしい』
『全員というのは』
『戦闘メンバーも含めて』
これまでの審査は支援スタッフが対象だった。
『古参のメンバーの中に、今の体制に腹落ちしていない人間がいます。あなたを信頼していないわけではない。ただ、現場を知らない人間に何が見えるのか、という話です』
『審査の中で証明しろということですか』
『証明する必要はない。審査が終わった後、各自が自分で判断します』
少し考えた。
『分かりました』
『来週の木曜に設定します。場所はまた連絡します』
電話が切れた。
電車に乗り込んで、ドアが閉まる。
窓の外で駅のホームが後ろへ流れていった。
戦闘メンバーの審査は、支援スタッフとは種類が違う。
装備の種別も、申請の根拠も、書類構成そのものも。
座席に腰を落として、吊り広告を一度だけ見た。
それから視線を膝の上に戻した。
自宅の最寄りに着いたところで、玲からリストが届いた。
《白狼の牙》の支援スタッフと戦闘メンバー、合わせて16人分だった。
戦闘メンバーの名前は、どれも初めて見るものばかりだった。
部屋に入ってから、1人ずつ確認した。
装備申請の書類構成が支援スタッフとは違う。
持ち込む種別も、許可の根拠も。
2回読んでから、画面を閉じた。
外で虫の声がしていた。夜になっていた。
◇
翌朝、庁本部の五十嵐参事官に短いメッセージを送った。
『来週の火曜に、件の申請が出る見込みです』
返信は午前中に来た。
『確認しました。態勢を整えます』
それだけだった。
全員審査の話は、伝えなかった。
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