第7話 未定義の敵
「来るぞ!」
俺はそう叫びながら抜剣した。
輪郭すら曖昧な“それ”が、空間の歪みみたいに揺らいでいる。
なのに、確かにこちらを見て――いや、“認識して”いる気配だけはあった。
緊迫した状況の中、鑑定を始めようとした瞬間″それ″は突然ミリアへと向かっていった。
「下がれ!」
反射的に叫んだ。
だが、その一瞬の判断が遅かった。
ミリアの横を“それ”がすり抜けた。
風もない。音もない。
ただ、存在だけが滑るように移動する。
「っ――!?」
ミリアが振り向きざまに剣を振るう。
鋭い斬撃は確実に“それ”を捉えた――はずだった。
だが、斬撃は空を切った。
「当たらない……!?」
いや、違う。
当たっていないんじゃない。
“当たる対象が存在していない”
「……存在が安定していない」
思わず漏れた言葉に、自分でもぞっとする。
視界の端に、いつもの表示を探る。
だが――
【攻撃判定:無効化】
「は……?」
意味が分からない。
無効化?
回避でも、防御でもない。
ただ“成立しなかった”という表示。
「ミリア、距離取れ!」
「わかってる!」
彼女は軽やかに後退するが、その動きに“それ”が追従する気配はない。というより――
どこにいるのか、定まらない。
俺は後退しながら、鑑定に集中した。
″予定された未来″を見るために。
だが――
何も、出てこない。
【鑑定:失敗】
「……クソが」
思わず舌打ちが漏れる。
鑑定できない?
そんなことがあるのか。
いや、違う。
“定義されてないから読めない”
それもちょっと違う。
そもそも“対象として成立していない”
これだ。
「やつは対象として成立してないんだ!」
「じゃあどうするのよ!」
ミリアの苛立った声が飛んでくる。
無理もない。相手は触れない、見えない、倒せないの三拍子だ。
俺は歯を食いしばる。
考えろ。考えろ。考えろ。
こういう“例外”には、必ず条件がある。
完全な無敵なんてシステムが許されるはずがない。
そのとき。
ノイズ混じりの表示が、わずかに浮かんだ。
【安定条件:観測】
「……なるほどな」
思わず口に出た。
そんな戦い方があるとは考えつかなかったぜ。
「ミリア!」
「なに!?」
「“ちゃんと見ろ”!」
「は!?」
当然の反応だ。
意味が分からないのは無理もない。
だが説明している暇もない。
俺は“それ”を凝視する。
瞬きすら意識的に抑えながら、ただただ一点を見続ける。
揺らぐ輪郭。
存在と非存在の境界を行き来する不気味な“何か”
それを――
“対象として認識し続ける”
すると僅かに変化が起き始めた。
ぶれていた輪郭が、ほんの少しだけ収束する。
″それ″が固定され始めた証拠だ。
【状態:半固定】
「今だ!」
叫ぶと同時に、ミリアが動いた。
躊躇はない。
彼女は俺の意図が分からなくても、“今が好機”だということだけは感じ取ったらしい。
踏み込み。
一閃。
今度は――
「当たった!」
手応えを感じたのか、ミリアはガッツポーズしている。
だが、急所に当たっていないのか、びくともしていない。
ただ“削れた”というのか、存在の一部が″欠けた″というような感じだった。
「観測で固定される……」
俺は呟く。
つまりこれは――
“見られることで定義される敵”
誰にも認識されなければ、存在は曖昧なまま。
視線を受け、観測されることで初めて“そこにあるもの”として固定される。
とんでもない仕様だ。
「……やれやれだぜ」
見なければ攻撃できない。
見続けなければ存在が消える。
視線を外した瞬間、また“無効”に戻る。
つまり――
誰かが見続け、誰かが攻撃するしかない。
「ミリア、役割分けるぞ!」




