第5話 廃城はすでに壊れている
北の廃城は、遠目からでも異様だった。
黒ずんだ石壁は、まるで生き物のようにうねり、空に向かって歪んでいる。
風が吹くたびに、どこか低い唸り声のような音が混じる気がした。
「……あれ、こんな感じだった?」
隣を歩くミリアが、不安げに眉をひそめる。
「前に来た時は、少なくとも“城”って形は保ってたはずだ」
そう答えながらも、胸の奥にざわつきが広がる。
俺たちは言葉を減らし、街道をひたすら進んだ。
足音だけがやけに大きく響く。
「あれ見て!」
ミリアが急に足を止め、城の外壁を指差した。
「なんか、壁が変じゃない?」
近づくにつれ、その違和感ははっきりしていく。
崩れているわけじゃない。欠けてもいない。
――ねじれている。
石が石としての形を保ちながら、ありえない方向へと歪んでいる。
まるで、空間そのものが捻じ曲げられたみたいに。
俺は目を凝らした。
その瞬間、視界の端に半透明の文字が浮かぶ。
【鑑定結果】
【北の廃城】
【状態:変質済み】
【原因:観測者干渉】
「……先回りされてるな」
思わず漏れた言葉に、ミリアが振り返る。
「先回り?」
「本来の流れじゃないってことだ。誰かが――いや、“何か”がイベントを書き換えてる」
自分で言いながら、背筋が冷たくなる。
その証拠はすぐに見つかった。
城門が、開いている。
廃城とはいえ、通常なら閉ざされているはずの巨大な門が、まるで誰かを招き入れるかのように口を開けていた。
「……罠、かな」
ミリアが小さく呟く。
「だろうな。でも、ここで引き返しても意味はない」
俺は一歩踏み出した。
「よし、とりあえず入ってみよう」
「……うん」
門をくぐった瞬間、空気が変わった。
外よりも静かだ。いや、静かすぎる。
音が吸われているような感覚。
足音さえ、どこか遠くで鳴っているみたいに曖昧になる。
内部は吹き抜け構造になっていて、入口からでも階段や通路の配置が見渡せた。
防衛のための設計のはずだが、今はその広さが逆に不気味さを強調している。
「敵の気配がない……」
ミリアの声は小さいが、やけに響いた。
俺も周囲を探る。気配感知を広げるが、何も引っかからない。
本来なら、このエリアには魔物が配置されているはずだ。数も種類も、既に把握している。
だが――
視界に、再び文字が浮かぶ。
【出現予定:消失】
「……全部消されてる」
「え?」
「敵そのものじゃない。“予定”ごと消えてるんだ」
言葉にした瞬間、理解が追いついてしまった。
これは単なる改変じゃない。
もっと根本的な――″存在の書き換え”だ。
嫌な予感しかしない。
そのとき、足元に淡く光る文字が浮かび上がった。
【深部イベント:進行中】
「……行くぞ」
「うん」
短く頷き合い、俺たちは奥へ進む。
廊下は長く、曲がり角ごとに空気が変わる気がした。
壁に触れれば、微かに脈打つような感触がある。
生きているのか、それとも錯覚か。
やがて突き当たりに、大きな扉が現れた。
金の装飾が施された、明らかに場違いなほど豪華な門。
王の間へと続く扉に違いない。
「入ってみる?」
ミリアが問いかける。
俺は無言で頷き、扉に手をかけた。
ガチャ――
重い。
想像以上に重い。
力を込めると、扉はゆっくりと軋みながら動き出した。
ゴゴゴゴゴゴ……
低い振動が、足元から伝わってくる。
やがて、隙間が広がり、内部が見えた。
「わぁ、凄い広い……」
ミリアの声が漏れる。
そこは予想通り、王の間だった。
高い天井、長い赤絨毯、その先にある玉座。
だが、そのどれもが微妙に歪んでいる。
直線であるはずの柱は緩やかに曲がり、玉座はわずかに傾いている。
そして――
玉座の周囲だけ、空間が濁って見えた。
まるでそこに“本来存在しない何か”が重なっているかのように。
「……いるな」
俺は小さく呟いた。
気配はまだはっきりしない。
だが確実に“何か”がいる。
本来この場所に存在しないはずの存在が、こちらを待っている。
静寂の中。
俺たちは一歩、また一歩と玉座へ近づく。
世界のルールから外れた“異物”の気配を追って。




