第2話 監視と選択
【観測者:接続中】
「……は?」
さっき見えたはずの文字が消えない。
いや、それどころか——
増えている。
【対象:レイ】
【状態:監視中】
【介入リスク:上昇】
「……なんだよ、これ」
思わず声に出る。
今までの“フラグ”とは明らかに違う。
説明じゃない。
これは——
誰かの視点だ。
「ちょっと、聞いてる?」
ミリアの声で我に返る。
目の前には、腕を組んでこちらを睨む彼女。
「さっきの話、ちゃんと説明して」
……まずいな。
完全に詰められてる。
だが、それどころじゃない。
視界の端で、文字がまた更新される。
【ミリア:重要分岐対象】
【選択:真実を話す/隠す】
「……は?」
選択?
そんなもの、さっきまでなかった。
「ねえ」
ミリアが一歩近づく。
「未来が見えるって、どういうこと?」
真っ直ぐな目。
嘘は通じない。
――そして。
視界には、まだ表示されている。
【選択:真実を話す】
【結果:信頼度上昇】
【選択:隠す】
【結果:裏切りフラグ強化】
「……チッ」
思わず舌打ちする。
選ばされてる。
完全に。
「どうしたの?」
ミリアが訝しむ。
……仕方ない。
俺は小さく息を吐いた。
「信じるかどうかは、お前に任せる」
そう前置きして――
「俺には、“起こる予定のこと”が見える」
◇
ミリアは、黙って聞いていた。
途中で茶化すことも、否定することもない。
ただ、じっと。
「……つまり」
しばらくして、ゆっくり口を開く。
「あなたには、“これから起きること”が分かるってこと?」
「正確には違う」
俺は首を振った。
「“起こる予定のこと”が見えるだけだ」
「予定……」
ミリアが繰り返す。
理解しようとしている顔だ。
悪くない。
「さっきの勇者のやつも?」
「ああ」
俺は短く答えた。
「三日後、あいつは死ぬ」
空気が、わずかに張り詰める。
だがミリアは目を逸らさない。
「……それも、“予定”なの?」
「そう書いてある」
俺は肩をすくめた。
「少なくとも、何もしなければな」
――数秒の沈黙。
やがてミリアが、ぽつりと言った。
「変えられるの?」
その問いに、俺は一瞬だけ言葉に詰まる。
さっきの表示を思い出す。
死亡確率。
分岐。
そして――
監視。
「……分からない」
正直に言った。
「でも、少なくとも――」
俺は視線を上げる。
「さっき、少しだけ変わった」
ミリアの表情が変わる。
「本当に?」
「ああ」
確信はある。
あの表示は見間違いじゃない。
「じゃあ……」
ミリアが、一歩踏み出す。
「助けられるかもしれないってこと?」
……その言葉に、少しだけ引っかかった。
助ける、か。
「どうだろうな」
俺は曖昧に答える。
「結果的にそうなるかもしれないし、ならないかもしれない」
「はっきりしないのね」
「当たり前だ」
俺は苦笑した。
「未来が見えるわけじゃない。ただの“予定表”だ」
「予定表ね……」
ミリアは少し考え込む。
そして――顔を上げた。
「それでも」
はっきりと言い切る。
「行く価値はあると思う」
「……北の廃城にか?」
「そう」
迷いはない。
「何もしなければ死ぬんでしょ?」
「そうなるな」
「だったら、何かした方がいい」
シンプルな理屈。
だが、間違ってはいない。
「あなたは、どうするの?」
ミリアが聞いてくる。
「決まってる」
俺は答えた。
「フラグが立ってるなら、折る」
それだけだ。
「……本気で言ってる?」
「本気だ」
少なくとも、今は。
ミリアはしばらく俺を見つめて――
やがて、小さく息を吐いた。
「わかった、私も行く」
「は?」
思わず聞き返す。
「一人より、二人の方がいいでしょ?」
当然のように言う。
「それに――」
一瞬だけ、言葉を切って。
「確かめたい」
静かに続けた。
「あなたの言ってることが、本当かどうか」
……なるほどな。
完全に信用したわけじゃない、ってことか。
「好きにしろ」
俺は肩をすくめた。
「止めはしない」
その瞬間。
視界に文字が浮かぶ。
【裏切りフラグ:弱体化】
【同行フラグ:発生】
「……」
やっぱりな。
選択で変わる。
完全に。
「どうしたの?」
ミリアが首をかしげる。
「いや」
俺は軽く首を振った。
「なんでもない」
……だが。
問題はそこじゃない。
視線を少しずらす。
そこには、まだ表示されている。
【観測者:接続中】
【監視レベル:上昇】
そして。
新しく追加された一行。
【次回介入予測:低】
「……は?」
思わず眉をひそめる。
介入?
誰が?
考えた瞬間——
さらに文字が更新される。
【訂正】
【次回介入予測:中】
「……」
変わった。
今、確実に。
俺の思考に反応したように。
「……なあ、ミリア」
「なに?」
「もし、この世界が誰かに見られてるとしたらどう思う?」
「は?」
さすがに変な顔をされた。
まあ、当然か。
「急に何言ってるの?」
「いや、なんでもない」
今は言わない方がいい。
下手に不安を煽るだけだ。
「とりあえず、行くぞ」
俺は歩き出した。
北へ。
廃城へ。
そして——
“予定された未来”を潰すために。
だが。
数歩進んだところで、足が止まる。
視界の端に、また文字。
今度は――今までで一番、嫌な感じのやつだ。
【イベント更新】
【北の廃城】
【状態:未発生 → 変質】
「……は?」
思わず声が漏れる。
変質?
そんな表示、初めてだ。
その下に、ゆっくりと文字が浮かぶ。
【難易度:C → ???】
【備考:観測者の影響を確認】
「……おいおい」
思わず笑いそうになる。
「楽になるどころか、悪化してないかこれ」
「何が?」
ミリアが不思議そうに聞く。
「いや、こっちの話だ」
俺は空を見上げた。
もちろん、何もいない。
……はずなのに。
妙な感覚だけが残る。
見られているような。
試されているような。
「……まあいい」
小さく呟く。
「上等だ」
どうせやることは変わらない。
フラグを見つけて、折る。
それだけだ。
――たとえそれが、
“誰かのシナリオ”だとしても。
その瞬間。
最後に、ひとつだけ。
静かに表示が浮かんだ。
【観測者:興味を示しました】
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