第1話 追放された瞬間、勇者の死亡が確定した
「――レイ。お前は今日限りで、パーティを外れてもらう」
静まり返った酒場。
金髪でコバルトブルーの鎧を纏ったアルドのその一言はやけに響いた。
ああ、ついに来たか。
俺は手に持っていた木製のカップをテーブルに置く。中の安い酒が、わずかに揺れた。
「理由は、分かっているな?」
「……まぁ、一応は」
分かりきっている。
俺のスキルが“役に立たない”からだ。
この世界では、十五歳になると神からスキルを授かる。
剣術だの魔法だの、生きていくための力だ。
その中で俺が手に入れたのは――
《鑑定》
本来なら、相手の能力値やアイテムの性能を数値で見抜ける便利スキル。
……のはずだった。
「お前の鑑定は、何も見えない。違うか?」
アルドが淡々と言う。
その通りだ。
俺の視界には、ステータスも数値も表示されない。
剣を見ても「攻撃力+いくつ」なんて出ないし、敵を見てもレベルすら分からない。
完全に、ハズレ。
「ここは遊びじゃない。命を懸けた戦場だ」
何も言い返すことができない。
いつか見えるようになると期待され、パーティーに加えてもらったが、いつまでも芽が出ることは無かったから当然だ。
隣にいた赤髪カールでチャイナドレスが似合うリナも、ため息混じりに言った。
「正直、足手まといなのよ」
ピンク色のストレートヘアに軽装の防具でスカートを履いたミリアは視線を逸らしたままだ。
……まぁ、そうなるよな。
反論はできない。
実際、彼らの役に立った記憶はほとんどない。
「今まで世話になったな。報酬の分け前は、ここまでだ」
アルドが革袋をテーブルに置いた。
中身は、銀貨が数十枚。
少ないが、追放される身としては十分すぎるくらいだ。
「……分かった」
俺はそれを手に取り、立ち上がる。
引き止める者は、誰もいなかった。
それでいい。
もともと、俺は“ここにいるべき人間じゃなかった”んだから。
身体が小刻みに震えている。
俺はこの場から早く逃げ出したい衝動に駆られ酒場の扉を開きかけた。
夜風が、少しだけ冷たかった。
――そのときだった。
ふと、違和感が走る。
視界の端に、何かが浮かんだ。
文字だ。
今まで一度も見えなかったはずの――
【鑑定結果】
【レイ:鑑定レベル2に上がった】
「……なんだ、これ」
振り返る。
そこには、さっきまで仲間だったアルドたちがいる。
そして――その上に文字が浮かんでいた。
【勇者アルド:三日後、魔王軍幹部との戦闘にて死亡予定】
「……は?」
思わず、声が漏れた。
目をこする。
もう一度見る。
だが、消えない。
【魔法使いリナ:同戦闘にて重傷。かろうじて生存】
【剣士ミリア:裏切りフラグあり】
「……なんだよ、これ」
頭がおかしくなったのかと思った。
だが、あまりにも具体的すぎる。
死亡予定。
重傷。
裏切りフラグ。
そんなものが、まるで当然のように表示されている。
「……うっ」
心臓が、嫌な音を立てた。
これは、もし本当なら――
「どうした? まだ何かあるのか」
アルドが怪訝そうにこちらを見る。
その頭上には、相変わらず。
【三日後、死亡予定】
と、はっきり書かれている。
「……いや」
俺は、一瞬だけ迷った。
もう関係ない。
追放された身だ。
関わる理由はない。
――そう、思ったのに。
「三日後、そのまま北の廃城に行くのはやめろ」
気づけば、口が動いていた。
場の空気が、一瞬で凍る。
「……は?」
アルドの眉が寄る。
「そこに魔王軍幹部がいる。たぶん、今のお前らじゃ勝てない」
静寂。
次の瞬間――
「……何を言っている?」
低い声。
当然の反応だ。
俺だって、いきなりこんなことを言われたら信じない。
「ふざけてるなら、やめて」
リナが苛立ちを隠さずに言う。
ミリアも、冷たい目でこちらを見ていた。
「最後にそんな嘘、つく必要ある?」
……だよな。
普通は、そう思う。
「……信じなくていい」
俺は小さく息を吐いた。
「ただ――」
一瞬だけ迷って、続ける。
「死ぬのが分かってるのに、黙ってるのは後味が悪い」
それだけ言って、扉を開ける。
夜風が冷たい。
もう関係ない。
そう思って、一歩踏み出した――そのとき。
視界の端に、文字が増えた。
「……?」
思わず振り返る。
さっきまでなかった表示。
それが勇者の頭上に追加されている。
【分岐発生】
【条件レイの介入】
【結果:死亡確率100%→72%に変動】
「……はっ?」
今度は、俺の方が声を漏らした。
確率?
そんなもの、さっきまで無かった。
もう一度見る。
表示は消えない。
――つまり。
未来は″確定″じゃない。
変えられる。
いや、それだけじゃない。
「……俺が、変えたのか?」
その瞬間。
さらに下に、新しい文字が浮かんだ。
【警告】
【シナリオ逸脱を検知】
【監視対象に指定されました】
「……はっ?」
背筋が冷えた。
今までの″フラグ″とは明らかに違う。
これは――
誰かが″見ている″ような表示。
「ちょっと、あんた」
背後から声。
振り返ると、ミリアが立っていた。
その頭上にも、新しい文字が浮かんでいる。
【裏切りフラグあり】
【分岐:この男を追う場合、運命が大きく変動する】
「さっきの、どういう意味?」
まっすぐな視線。
さっきまでとは違う。
完全に、何かを疑っている目だ。
――だが。
俺の頭の中は、それどころじゃなかった。
″監視対象″
″シナリオ逸脱″
そして――
初めて表示された
《確率》
「……なあ」
俺はミリアを見ながら、ゆっくりと言った。
「どうやらこれ、思ってたよりヤバい能力らしい」
その瞬間。
さらに、小さく――
今までで一番不気味な表示が浮かぶ。
【観測者:接続中】




