第1話 追放された瞬間、勇者の死亡が確定した
「……レイ。お前には今日限りで、パーティーを外れてもらう」
静まり返った酒場。
金髪でコバルトブルーの鎧を纏った、いかにも熱血漢という顔立ちをしたアルドのその一言はやけに響いた。
ああ、ついにこの時が来たか。
俺は手に持っていた木製のカップをテーブルに置いた。
カップの中の安い酒が、わずかに揺れる。
「理由は、分かっているな?」
「……まぁ、一応は」
こうなることは薄々勘付いていた。
俺のスキルが“役に立たない”からだ。
この世界では、冒険者を目指している十五歳の少年少女に対して、それぞれの特性に合わせた冒険スキルを神から授かることが一般的だった。
剣術が得意な者、体術が得意な者、魔法が得意な者など、冒険者として生きていくための力だ。
その中で俺が手に入れたスキルは――
【鑑定】
本来なら、相手の能力値やアイテムの性能や食べ物の効果などが数値で見抜ける便利スキル――のはずだった。
俺は元々剣術や体術や魔法といった、攻撃に関する能力は人並み以下だった。
神は困り果てた。
俺にどんなスキルを付与すれば良いのかと。
色々俺のことを分析してくれた結果、観察力や洞察力に優れていると判断され、鑑定士のスキルを授かることになったのだ。
「お前の鑑定は、何も見えない。違うか?」
アルドは説教を垂れる。
その通りだ。
俺の視界には、ステータスも数値も表示されない。
剣を見たところで、攻撃力50なんて出てきやしない。
敵を見てもレベルすら全く分からない。
完全に、ハズレだ……
「ここは遊び場じゃない。命を懸けた戦場だぞ」
何も言い返すことができない。
いつか見えるようになると期待され、パーティーに加えてもらっていたが、いつまでも芽が出ることは無かったから当然だ。
俺はその分、みんなの役に立てるように敵の囮になったり、荷物持ちをしたり、何かしら貢献ができるようにと動いてきたつもりだった。
隣にいた、カールで紫色の髪、チャイナドレスを着た綺麗系の顔立ちのリナも、ため息混じりに呟いた。
「正直、足手まといなのよね」
ピンク色のストレートヘア、動きやすそうな軽装の防具に身を包み、スカート姿の可愛らしい顔立ちのミリアは視線を逸らしたままだ。
……まぁ、そうなるよな。
反論出来る余地は無い。
実際、戦闘で彼らの役に立った記憶はほとんどない。
囮になっても、敵が俺以外に向かって行ってしまうことなんて日常茶飯事だった。
「今まで世話になったな。報酬の分け前だ。俺たちとの冒険はここまでだ。ここから先はお前自身で道を切り拓いてくれ」
アルドが革袋をテーブルに置いた。
中身は、銀貨が数十枚。
それほど多くはないが、追放される身としては十分すぎるくらいだ。
「……分かった。今までありがとな」
俺はそれを手に取り、立ち上がる。
引き止める者は、誰もいなかった。
それでいい。
もともと俺は“ここにいるべき人間じゃなかった”んだから。
身体が小刻みに震えている。
俺は早くこの場から立ち去りたい衝動に駆られ、酒場のスライドドアを開こうとした。
ドアに近付くと、夜風がいつもより冷たく感じる。
――そのときだった。
ふと、違和感が俺の中に入り込む感覚を覚えた。
視界の端に、何かが浮かんでくる。
それは文字だった。
今まで一度も見えなかったはずの――
【鑑定結果】
【レイ:鑑定レベル2に上がった】
「……なんだ、これ?」
一度立ち止まり、振り返ってみた。
そこには、さっきまで仲間だったアルドたちが俺を見送っていた。
そして――その上に文字が浮かんでいた。
【勇者アルド:三日後、魔王軍幹部との戦闘にて死亡予定】
「……は?」
思わず、声が漏れた。
念のため目をこすってみた。
改めてもう一度アルドを見つめる。
だが、その文字は消えていない。
【魔法使いリナ:同戦闘にて重傷。かろうじて生存】
【剣士ミリア:裏切りフラグあり】
「……なんだよ、これ?」
頭がおかしくなったのかと思った。
だが、あまりにも具体的すぎる。
死亡予定。
重傷。
裏切りフラグ。
そんなものが、まるで当然のように表示されている。
「……うっ」
心臓が、嫌な音を立てた。
これがもし本当なら――
「どうした? まだ何かあるのか?」
アルドが怪訝そうに俺を見ている。
その頭上には、さっきまでと変わらずに――
【三日後、死亡予定】
と、はっきり書かれている。
「……いや」
俺は、一瞬迷った。
もう、関係ない。
追放された身だ。
関わる理由はない。
――そう、思ったのに。
「三日後、そのまま北の廃城に行くのはやめておけ」
気付いたら先に口が動いていた。
その場の空気が、一瞬で凍った。
「……は?」
アルドの眉が寄る。
「そこに魔王軍幹部がいる。恐らく今のお前らじゃ勝てない」
――
――
――
一瞬時間が止まったかと思えるほどの静寂……
次の瞬間――
「……何を言い出すかと思えば……お前はそんな意味不明なことを言うために振り返ったのか」
呆れまじりの低い声。
当然の反応だろう。
俺だって同じ立場なら、追放したヤツにいきなりこんなことを言われて信じるわけがない。
「ふざけてるなら、縁起でもないことを言うのはおよしなさい」
リナが苛立ちを隠さずに言う。
ミリアも、冷ややかな目で俺を見ていた。
「最後にそんな嘘なんてつく必要ある? 軽蔑しちゃう……」
……だよな。
普通は、そう思うよな。
せめてミリアにはそう思ってほしくなかった……
「……信じなくていい」
俺は小さく息を吐いた。
「ただ――」
一瞬だけ迷ったが、続けることにした。
「死ぬのが分かってるのに、黙ってるのは後味が悪い。だから俺は忠告した」
それだけ言って、スライドドアを開けた。
夜風が更に冷たい。
もう、俺はコイツらとは関係ない。俺に出来ることはない。
そう思って、一歩踏み出した――そのとき。
視界の端に、文字が追加された。
「……?」
すぐさま振り返った。
さっきまでなかった表示だったからだ。
それがアルドの頭上に追加されている。
【分岐発生】
【条件:レイの介入】
【結果:死亡確率100%→72%に変動】
「……はっ?」
声が出てしまった。
分岐発生?俺の介入?死亡確率?
そんなもの、さっきまでは無かったぞ。
もう一度見てみる。
表示は変わらなかった。
――つまり。
未来は″確定″しているわけじゃないということだ。
もしかしたら、変えられる?
いや、それだけじゃない。
「……俺が、未来を変えたのか?」
その瞬間。
更に下の方に新しい文字が浮かんできた。
【警告】
【シナリオ逸脱を検知】
【監視対象に指定されました】
「……なんだと?」
背筋が冷える。
さっきまでの″フラグ″とは明らかに違う。
これは――
誰かが″見ている″ような表示だった。
「ちょっと、レイ!」
背後からミリアの声が聞こえてきた。
俺は振り返ってミリアの顔を見た。
その頭上にも、新しい文字が浮かんでいた。
【裏切りフラグあり】
【分岐:レイを追う場合、運命が大きく変動する】
「さっきの、どういう意味? 納得いくまで教えなさいよ」
まっすぐ俺を見つめてくる。
さっきまでとは違う目だ。
完全に何かを疑っている感じがする。
――だが。
俺の頭の中は、それどころじゃなかった。
″監視対象″
″シナリオ逸脱″
そして――
初めて表示された″確率″の文字――
「……なあ」
俺はミリアを見ながら、ゆっくりと言った。
「どうやらこれ、思ってたよりヤバい能力のようだ」
その瞬間、俺は見てしまった。
更に小さく、今までで一番不気味な表示――
【観測者:接続中】
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