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では、一番条件の悪い方を婿にします ~侯爵令嬢が選んだのは、伯爵家の眼鏡三男でした~  作者: さんけい


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7/21

第七話 何でだ?

 同じ日の午後、王都にある二軒の屋敷で、よく似た声が上がった。


「何でだ?」


 最初は、トマレイン侯爵家だった。

 パーシバルは父の書斎で、リーベン侯爵家から届いた返書を三度読んだ。

 丁寧な手紙である。


 ――先日は足を運んでもらい感謝している。話を聞けたことは有意義だった。よく考えた結果、別の方へお願いすることにした。


 断りの手紙として、どこにも不足はない。

 不足があるとすれば、なぜ自分が選ばれなかったのか書いていない点だった。


「先方は、何と?」


 机を挟んで座っている父が尋ねた。


「別の候補に決めたそうです」

「そうか」

「驚かないのですか」

「三人の候補がいると聞いていた。二人は断られる」

「ですが、私です」

「お前だな」


 父は落ち着いてうなずいた。自分の息子であることくらい、よく知っている。


「家格、年齢、経験。どれを見ても、私が最もふさわしいでしょう。リーベン家が今後必要とする人脈もあります」

「その話は先方にも?」

「もちろんしました。今ある取引に頼らず、新しい事業へ目を向けるべきだと。羊毛をただ売るのではなく、製品にして付加価値を高める方法もあります。北部の街道が整えば、王都への輸送も――」

「パーシバル」


 父が片手を上げた。


「私は、お前の新規事業について尋ねていない」

「分かっています。ですが、それだけリーベン家のことを考えて話したのです」

「相手は何を話した?」

「何を、とは?」

「アストリッド嬢だ。今後、家をどうしたいと言っていた」


 パーシバルは返書から顔を上げた。


「現状を把握したいと」

「ほかには?」

「領地の堤を修繕する必要があるそうです」

「それについては話したのか」

「いいえ。ですが、個別の事業より先に、全体の問題を整理する必要がありますから」

「修繕は終わっていないのだろう」

「そのようです」

「ならば、本人はそれを先に終わらせたいのではないか?」

「だからこそ、優先順位をつける人間が必要なのです」


 話が一周した。

 父は椅子の背へもたれ、机の端に置かれた商会からの報告書へ目を向ける。


「お前は、先方の希望を聞きに行ったのか。それとも、自分の話をしに行ったのか」

「どちらもです」

「そうか」


 父親の返事は短かった。

 パーシバルは手紙を畳み直した。折り目が少しずれ、もう一度開いて整える。


「おそらく、アストリッド嬢は今、変化を望んでいないのでしょう。ご両親を亡くしたばかりですから、慎重になりすぎている」

「その可能性はあるな」

「目の前の仕事を片づけることしか考えられず、五年後、十年後を見る余裕がない。残念ですが、今の彼女には私の提案が早すぎたのかもしれません」


 断られた理由が一つ見つかった。

 自分が間違っていたのではなく、相手がまだ理解できる状態ではなかった。大変便利な理由である。


「別の縁談を探します」

「そうしなさい。ただし、しばらくはリーベン家へ連絡を取るな。先方は喪中だ」

「分かっています」

「それから、お前が進めている南部の果実の取引だが、もう一度見直せ」

「なぜです?」

「先方の商会から、追加の出資を求められている」

「新しい取引には、ある程度の先行投資が必要です」

「報告書を読んでから言いなさい」

「私が確認します」

「最初から、そのつもりでここへ呼んだ」


 父は報告書を息子の前へ置いた。

 パーシバルは返書を上着の内側へしまい、新しい事業の説明を始めた。

 相手の話を聞け、と言われた直後だった。


 *


 もう一軒は、エンゲダー公爵家である。


「何でだ!」


 こちらは、屋敷の廊下まで聞こえた。

 トラヴィスは父の前で、断りの手紙を握っていた。


「何で私が断られるのです。侯爵家でしょう? 公爵家の私が婿入りすると言っているのですよ」

「座りなさい」


 エンゲダー公爵は、耳を押さえながら命じた。

 同席している長男は窓辺の椅子に座り、弟を見ている。母である公爵夫人は刺繍の手を止めていた。


「アストリッド嬢は、相手を決めたのですか?」


 母が尋ねる。


「そう書いてあります。別の候補へお願いすることにしたと」

「では、仕方がないでしょう」

「母上まで」

「あなたとは合わないと思ったのでしょうね」

「一度会っただけで、何が分かるのです」


 それなりに分かったから断られた可能性は、トラヴィスの中にはないらしい。


「お前は、先方で何を話した」


 父が聞いた。


「公爵家との縁が、リーベン家にとってどれほど役立つかを説明しました」

「それだけか」

「侯爵となったあとの生活についても」

「どのような?」

「私は王都での付き合いがありますから、領地の細かな仕事は管理人へ任せるべきだと」

「婿入り先の仕事を?」

「当主が何もかも自分でする必要はないでしょう」


 公爵はこめかみへ指を当てた。


「ほかには」

「夫婦は、互いの私生活を尊重するべきだと申し上げました」


 母の刺繍針が止まる。長男がゆっくり弟へ顔を向けた。


「……トラヴィス」

「何です、兄上」

「お前は、結婚後も女性関係へ口を出すなと、婿入り先の令嬢に言ったのか」

「そのような下品な言い方はしていません」

「上品に言えば、気づかれないと思ったのか?」

「だから、男女ともに友人との付き合いは必要だという話です。互いに大人なのですから」

「今、親しくしている女性は?」


 父に尋ねられ、トラヴィスは答えを止めた。


「友人はおります」

「女性だな」

「社交の場では、珍しいことではありません」

「その付き合いを続ける許可まで、先に取ろうとしたのね」


 母が、刺繍枠を卓上へ置いた。


「許可ではありません。結婚後に余計な争いを避けるため、考えを伝えただけです」

「避けたではないか」


 長男が言った。


「結婚そのものを」

「兄上」

「それで、お前はリーベン侯爵家のために何をするつもりだった?」

「侯爵として必要な役目を果たします」

「具体的には?」

「それは、実際に家へ入ってから決めます」

「厩舎を空けておくよう頼んだそうだな」


 父の言葉に、トラヴィスの顔がわずかに動いた。


「馬を連れていく必要がありますから」

「自分の馬を置く場所は、家へ入る前から決めたのだな」

「何がいけないのです」


 長男が額を押さえ、母は息子から刺繍へ目を戻した。


「先方が誰を選んだかは分かるのか」

「まだ公表されていません。ただ、トマレイン侯爵家のパーシバルも断られたそうです」

「ならば、残るのはオイゴット伯爵家の三男か」

「まさか」


 トラヴィスは即座に言った。


「大学で文学を学んでいるだけの男でしょう。領地経営の経験もない。家格も一番下です。私やパーシバルを退けて、そんな男を選ぶはずがありません」

「しかし、候補は三人だったのだろう」

「何か事情があるのです。扱いやすい男を形だけの侯爵にして、実権を握るつもりなのかもしれない」

「それなら、お前は扱いにくいと思われたのだな」

「父上」

「家格が高いだけで、自分が選ぶ側だと勘違いしている男は扱いにくい」


 公爵は机の上の手紙を取った。


「この話は終わりだ。先方へ余計なことを言うな」

「ですが、公爵家が侯爵家に断られたのですよ」

「断られたのはお前だ。公爵家ではない」

「同じことです」

「同じにするな」


 父の声が低くなった。


「エンゲダーの名があれば何をしても許されると思うなら、今のうちに改めなさい。公爵家は、お前一人の後始末をするためにあるのではない」

「私は何もしていません」

「今回はな」


 長男が小さく付け加えた。

 トラヴィスは兄をにらみ、手紙を卓上へ置いた。


「いずれ、アストリッド嬢も自分の選択を後悔します。侯爵家の仕事を何も知らない学生に、家を任せられるはずがない」

「それを、お前が心配する必要はない」

「私は事実を言っているだけです」


 トラヴィスは立ち上がった。


「今夜は外で食事をしてきます」

「どなたと?」


 母が尋ねる。


「友人です」

「女性ね」

「互いに大人ですから」


 便利な言葉を残し、トラヴィスは部屋を出ていった。

 扉が閉まる。

 公爵夫人は刺繍枠を持ち上げたが、すぐには針を動かさなかった。


「あなた」

「何だ」

「あの子、本当にどなたかのお婿になれるのかしら」

「今のままでは難しいだろうな」

「もう少し強く言ったほうがよいのでは?」

「先ほど言った」

「聞いていませんでしたよ」

「そうだな」


 公爵は息子が置いていった手紙を畳んだ。

 同じ頃、パーシバルは相手の見る目が足りなかったと考え、トラヴィスは相手が自分を扱えないのだと考えていた。

 二人とも、自分が何を間違えたのかは分からなかった。

 リーベン侯爵家から丁寧な断りの手紙は届いたが、反省する機会まで同封することは、さすがにできなかったようである。


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