第二話 申し分のない候補
最初の婿候補は、約束の時刻より五分早く到着した。
時間を守る。服装が場に合っている。挨拶を間違えない。
夫を選ぶ条件としては、少々細かい気もする。だが、会ったこともない男を三人並べて比べるとなれば、靴に泥がついていないことさえ立派な判断材料になった。
パーシバル・トマレインは、濃い灰色の上着を着ていた。光沢を抑えた布地も、黒い手袋も、喪中の家を訪ねる客として申し分ない。
背が高く、明るい茶色の髪をきれいに整えている。顔立ちもよく、口元には穏やかな笑みがあった。
応接室へ入ってきた彼を見て、アストリッドは親族たちが最初にこの男を推した理由を理解した。
「お時間をいただき、ありがとうございます。アストリッド嬢」
パーシバルはまず、アストリッドへ丁寧に頭を下げた。
「このたびは、ご両親のこと、心よりお悔やみ申し上げます。突然のことで、さぞお力落としのことでしょう」
「ありがとうございます」
「私も前侯爵には、二度ほどお目にかかったことがあります。領地の管理にも王都でのお役目にも、誠実な方だったと父から聞いております」
そこまでは、昨日までに何度も聞いた弔意と大きく変わらなかった。
「ですから今回のお話を伺った時、私でリーベン家のお力になれるならと考えたのです」
「父をご存じだったのですか」
「ええ。昨年の収穫祭でも、ご挨拶をいたしました。その際、北部の街道について少しお話を」
「北部の街道を?」
「今後は、あの道がさらに重要になります。整備が進めば王都までの輸送時間も短くなるでしょう。リーベン領には良質な羊毛がありますから、従来の取引だけに頼るのは惜しい。王都で直接販売する道も作れます」
前侯爵の話は、そこで終わった。
パーシバルは道や羊毛の話を始めた。続いて、王都の商会との付き合い、若い経営者たちの集まり、最近設立された投資組合について語る。
話し方は滑らかだった。専門用語を並べすぎず、アストリッドにも分かる言葉を選び、ときどき答えを待つようにこちらを見る。
実際には、アストリッドが口を開くより少し早く、次の言葉が続く。
「もちろん、昔からの取引先を軽んじるつもりはありません。しかし、これからのリーベン家には改革が必要です」
「改革、ですか」
「ええ。前侯爵は堅実な方でした。それは大きな長所です。ただ、堅実さは時として慎重さへ、慎重さは停滞へつながります」
……亡くなった父は、いつの間にか停滞の一歩手前まで進んでいたらしい。
エリアが二人の前へ茶を置いた。
パーシバルは礼を言い、ひと口飲んでから香りを褒めた。茶葉の産地まで当てたので、エリアもわずかに眉を上げる。
「よい茶葉ですね。東部との取引もおありですか」
「母が気に入って、取り寄せていたものです」
「なるほど。東部には茶葉以外にも良質な染料があります。羊毛と組み合わせれば、布まで領内で作ることも考えられますね」
「織物工房を作るということですか」
「将来的には。私なら、まず腕のよい職人を招きます。そこから少しずつ規模を広げ、リーベン家独自の製品に育てる。今は家名そのものを価値にできる時代です」
母の好きだった茶葉は、染料と羊毛を経て、新しい事業になった。見事な早業である。
「けれど、工房を作るには資金が必要でしょう」
「そこはご心配なく。私には商会とのつながりがあります」
「借り入れをするのですか」
「新しい事業を始める際、すべてを手持ちの資金で賄う必要はありません。将来の利益を考えれば、外部の資金を活用するのも一つの方法です」
「今ある借り入れとの兼ね合いは?」
「もちろん、全体を確認してから判断します。ただ、リーベン家ほどの領地があれば、資金調達に困ることはないでしょう」
困るかどうかを知りたいから尋ねたのだが、困らないという答えが返ってきた。ほう、実に心強い。根拠まで一緒に来てくれれば、もっと心強かっただろう。
同席しているルイスへ目を向けると、膝の上に置いた手帳へ何かを書き込んでいる。
「パーシバル様は、ご実家でも領地の仕事をなさっていると伺いました」
ルイスが尋ねた。
「ええ。父や兄から意見を求められることも多いですね。特に新しい取引については、私が任されています」
「現在、どのような取引を?」
「いくつか進めております。まだ先方との調整中ですので、詳しくは申し上げられませんが、南部の果実や西部の鉱石を扱う商会です。これまでのトマレイン家にはなかった取引先ですよ」
「利益が出るまでには、どれほどかかるご予定でしょう」
「新規事業は、始めてすぐに利益が出るものではありません」
「左様でございますね」
「ですが、先を見据えれば必ず実を結びます。私は目先の数字だけでなく、五年後、十年後を見て判断したいのです」
ルイスの質問に、パーシバルは淀みなく答える。ただし、どれほどかかるのかは分からないままだ。
「アストリッド嬢は、今後のリーベン家をどのようになさりたいとお考えですか」
ようやく、パーシバルがアストリッドへ尋ねた。
「今は、父が途中まで進めていた仕事を確かめたいと思っています。領地では春に川があふれましたから、堤の修繕も終わらせなくてはなりません。あとは――」
「なるほど。まずは現状の把握ですね」
「ええ」
「その点でも、私がお役に立てます。こうした時に必要なのは、問題を整理し、優先順位をつけられる人間です。アストリッド嬢お一人で、すべてを抱えることはありません」
「一人でとは思っていません。ルイスも、領地の管理人たちもいますから」
「もちろん、彼らの経験は大切です。しかし家を率いる者には、過去のやり方にとらわれない判断も求められます。私が加われば、古くから仕える者たちの経験と、新しい視点の双方を生かせるでしょう」
ルイスの手が、手帳の上で止まった。
「この家の使用人については、どうお考えですか」
「よく仕えている者は、そのままでよいと思います。ただ、必要なら新しい人材も入れるべきです。適材適所というものがありますから」
「その必要があるかどうかは、どのようにお決めになりますか」
「実際に仕事を見て、公平に判断します。私は家柄や勤続年数だけで人を評価しません。能力のある者には、それにふさわしい役目を与えたいと考えています」
公平、能力、適材適所。
どれも立派な言葉だった。立派な言葉は、並べるとさらに立派に聞こえる。どうやって公平に判断するのかと聞けば、おそらくパーシバルなら、その説明も上手にしてくれるだろう。
……もっとも、そこから先を聞く気力が、アストリッドには残っていなかった。
話は一時間ほど続いた。
帰り際、パーシバルはアストリッドの手を取り、指先へ軽く口づける。
「今日はお会いできて光栄でした。次は、もっとゆっくりお話ししたいですね」
「ええ。本日はありがとうございました」
「よいお返事を、お待ちしております」
最後まで、姿勢も礼儀も笑顔も崩れなかった。
扉が閉まると、アストリッドは長椅子の背へ体を預けた。
「お疲れですね」
エリアが、アストリッドの前からカップを下げる。
「そんなに分かる?」
「お茶を一杯も召し上がりませんでしたから」
パーシバルのカップは二度空になり、菓子も三つ減っていた。アストリッドの茶は、表面から湯気が消えただけである。
「悪い方ではないと思うの」
「はい」
「失礼なことも言わなかったわ」
「おっしゃるとおりです」
「仕事も、よく知っているようだったでしょう?」
今度はルイスを見る。家令は手帳を閉じる前に、書いた内容を一度読み返した。
「知識はおありかと存じます。ご実家で、さまざまなお話を耳になさっているのでしょう」
「少し引っかかる言い方ね」
「質問に答えておられるようで、最後にはご自分のお話へ戻されますね」
アストリッドは、パーシバルとの会話を思い返した。
父のことを尋ねたはずが、北部の街道と羊毛の話になった。
母の好きだった茶葉は、新しい染料の取引になった。
今後の希望を尋ねられたので堤の修繕を話したはずが、パーシバルの問題整理能力の話になった。
「不思議ね。ずいぶん話したはずなのに」
「はい」
「私、あの方に何を答えてもらったのかしら」
ルイスはすぐには答えず、閉じた手帳を膝から持ち上げた。
「明日は、トラヴィス・エンゲダー様がお見えになります」
「そうだったわね」
「本日のうちに、午後の書類もございます」
「それも、そうだったわね……」
婿候補と一時間話したところで、相続書類が自分から片づいてくれることはない。
その点だけは、パーシバルの言うとおりだった。問題には、優先順位をつけなくてはならない。
アストリッドは冷めた茶をエリアへ渡し、父の書斎へ戻った。




