おでんの日記念SS1 セントノリスのみんなが海鮮食ってるだけの話
本日がおでんの日であることをお恥ずかしながら3時間前に知りまして。何もしないなんてできませんので何に使うんだろうなと思いながら書いた『ただ海鮮食ってるだけの大人セントノリス』を投稿させていただきます。
社会人一年目、18〜19の冬です。いえ海鮮食ってるだけですすいません。
今日はおでんの日だ。
「奇跡だな、本当に」
「ああ。僕たちの休みが揃うなんて」
「お前が言うな」
「楽しみだな」
男が4人。王家文官ハリー=ジョイス、ラント=ブリオート、サロ=ピオラ、王補佐官アントン=セレンソンである。
夕暮れの街だ。並んで歩いている。
ぴゅうと吹いた風に、うっとサロが肩をすぼめた。
「野郎だけで飯食って何が楽しいんだむさくるしい」
「海鮮が食べたいって言ったのはサロだろう?」
「ああ。自分とこの船もってる商社がやってて、新鮮でうまいらしい。楽しみだ」
「今楽しみだって言ったぞ」
「言ったね」
「言った」
「……」
フンとサロが鼻を鳴らす。息が白い。
「今年は寒いな」
「手袋をしたほうがいいよ、ハリー」
「いいのを買ったね、アントン」
「うん。メルメルの革なんだって」
「なんて」
「メルメル」
「知らないな」
「そういう鳴き声らしいよ」
「知らない」
「ああ、知らない」
「あったかいんだ」
「よかったな」
一年の終わりが迫った街はざわめき、なんだかいつもよりキラキラしている。
それぞれの外套を着こみ、並んで街を歩く。みんな足が長いから歩くのが早い。道行く人の、特に女性の目が集まっているのがわかる。そうだろうそうだろう、だが勘違いされては困る僕の友達はこう見えて中身までかっこいいんだ、とアントンは胸を張り頬を染める。まあ、仕方のないことだ。
文句なしにかっこいい、ハリー=ジョイス。涼やかな青い目を知的に輝かせ、唇の端をわずかに上げかっこよく微笑む。飾り気がないのに、むしろそれが余計にかっこよさを引き出す、素材そのままでかっこいい男。なにかもう彼にはかっこいいしか出ない。
大地がアステールに与えた天才ラント=ブリオート。優しげな顔で穏やかに微笑み、色の薄い長い髪を後ろで結い、立派な体格を大人びた上品な色の服で包んでいる。足が長い。腕も長い。思わず胸に飛び込みたくなるほどの落ち着きと。頼りがい。
甘くて華やかサロ=ピオラ。少し垂れた水色の目で、いたずらっぽく彼は笑う。流行に敏感で、今日は体にぴったりとした細身の服を身に纏っている。靴がお洒落だ。動くたびに豊かな金色の髪が揺れ輝き、なんだか王子様のようだ。
そうだろうそうだろうとアントンは頷く。何してんだお前とサロが小突いてくる。なのでアントンはそっとサロに腕を組む。毛虫が乗ったかの勢いで思い切り振り払われる。大丈夫、想定内だ。
「ついた」
「船だ」
「ああ、船だ」
その店は、船のような形をしていた。中に入る。中まで船だ。
「面白いな」
外套を脱ぎながらハリーが笑う。船の中でもハリー=ジョイスはかっこいい。
「予約してるのか?」
「したよ。すいませんピオラです。4名の」
「サロが?」
「ありがとう」
「食いたかっただけだ」
案内された席に座り、メニューを広げた。おおっと揺れる。
「魚、貝、魚、貝だ」
「テーマがぶれないな」
「うわカーム貝がある。こっちで初めて見た」
「おいしい?」
「うん。焼くとうまい。でも取り出すのが難しい」
「どうやるの?」
「くるくるくるだ」
「くるくるくる」
「くるくるくる?」
「ああ。くるくるくる」
得意げに、子供みたいにサロが笑う。本当にチャーミングな男だなとアントンは思う。
「食べよう。くるくるくるしたい。茹でただけの貝も食べたいな」
「ああ、シンプルにうまいよな。……よだれ出てきた」
「当然葡萄酒だな。いや、最初はエールにしよう」
「肉がなくてハリーとラントには残念だけど、大丈夫?」
「たまにはいいよ。魚介も好きだ」
「うん。こんな機会でもないとなかなか食べないから、よかった」
「そう。よかった」
注文は全部サロに任せた。社交的な男なので、店員さんにあれこれ聞きながら、楽しそうに注文する。
なみなみと冷たい酒と果実の汁が注がれた杯が置かれ、次々に料理が到着する。
勢いよく乾杯して、それぞれ飲んだ。ほどけ、笑いが溢れる。楽しいなあと思う。
茹でられた二枚貝がドカンと到着した。皆がそれぞれの皿に取り、手で開く。
「うっわ汁すご」
「うまい」
「うん、おいしい」
野菜をやっつけていたので一番最後になった。アントンも貝を手に取り、わずかに開いた口を広げ、そこに唇を付けて汁を飲んだ。
海だ。
海の味がする。広がりがすごい。茹でただけで最上級のスープを溢れさせるこの圧巻のパワー。
潮に導かれしたどり着く最上級の恍惚。今なら天に昇ってもいい。
ごくんと飲み込み香りを堪能してから、はあ、とアントンはため息をつく。
「……好きです」
「よかったな。結婚しろ」
「好きすぎてもうおなかの中だ」
「残念だったな」
「汁がすごいな」
「ごくごく飲みたい」
皿から貝がどんどん減って、ボウルに殻の山が出来ていく。
焼いた白身の魚も並んだ。
表面があぶられカリリと焦げ目がつき、ソースがかけてある。
「!」
「シンプルなのにうまい」
「なんだろう。このソースか?」
「身がふわふわだ。おいしい」
「待てパンだ。パンがいるなこれは」
薄い生地にソースをかけ、その上にエビやイカ、貝の小柱がのったもの。
「いろんな味がする」
「海だなあ」
「うまい」
トマトの真っ赤な汁に、ぐつぐつ煮られる海のもの。
「スープにいろんな味が出てる。沁みるなあ」
「あらかた食べたら、ここにリーゾとチーズを入れるといいってさ」
アントンはじっとサロを見上げる。
「そんなことをしたらおいしいじゃないか」
「おいしいだろうな」
「ああ。おいしいだろう」
「おいしいだろうね」
シャキシャキ野菜にほぐした何かの身がソースとからめられたもの、串に差して焼かれたまるまる一本の小さめの魚。ひとり一本ずつかじる。お祭りのようで楽しい。
笑い、食べ、飲む。初めて見るものに歓声を上げ、サロが得意げに説明する。
くるくるくるのカーム貝は今日は他の席のお客さんで打ち止めだった。だからくるくるくるがなんなのか知ってるのは、相変わらずサロだけだ。
「残念だ」
「また来ようよ。僕ここ好きだな」
締めのシャーベットをアントンは少しずつ大事に味わった。果物の皮が入っていて、口の中がさっぱりする。おいしい。
「フェリクスは残念だったね」
「アデルもな。しばらく忙しいんだ」
「またみんなで来よう。ね、サロ」
「まあ、いいよ」
またきて、今度こそみんなでくるくるくるをするのだ。
夜の街を歩く。あそこに新しい店ができたからちょっと寄ってくか? と情報通のサロが誘い、一杯くらいならいいぞと全然酔ったふうでもないハリーが答える。
風が吹く。寒いけどアントンはいい手袋があるから大丈夫だ。
サロが横にいたのでそっと腕を組んでみた。もう上機嫌に酔っているから振り払われない。よし想定内だ。
「よし行こう。あっちだ」
「一杯だぞ」
男4人が楽しく街を歩く。
道行く人の視線に、そうだろう、そうだろうとやっぱりアントンは頷いている。




