第8話 わたしの声を聞く人
神殿からの使いは、開店前に来た。
ローデリック副司祭がお呼びだという。
嫌な気分はしたが、返し忘れた物があるのかもしれない。
フチをニナさんに見てもらってから、神殿へ向かった。
副司祭は、以前と同じ机の向こうにいた。
枯れた薔薇は、もうなかった。
「騎兵隊で、勝手な噂を広めているそうだな」
「通訳をしています」
「治癒もできない者が、術具を危険だと言うのか」
わたしは、膝の上で手を重ねた。
「痛がる魔獣から聞いたことを、診察する方へ伝えています。環は、技師の方が調べています」
副司祭が、指で机を叩く。
「神殿を出た途端、我々の納める品に文句をつけるとはな」
そこで、初めて知った。
あの術具は、神殿から出ていた。
彼が何を怒っているかより、二つの環の行き先が繋がったことを覚えておこうと思った。
「戻るなら、世話係の席を作る。魔獣のことも、こちらで扱えばよい」
彼は、薄い紙を出した。
給金は以前より多い。だが、通訳は神殿の許しが出た時だけ、という文がある。
わたしは最後まで読んでから、紙を返した。
「戻りません」
「生まれた家へ、恥をかかせるつもりか」
胸へ、冷たいものが入った。
四年前、母は白い服のわたしを見て喜んだ。
落第したと書いた手紙への返事は、まだ届いていない。
それでも、紙を取り直さなかった。
「家には、わたしから話します。今の仕事を続けたいです」
副司祭は、もう引き止めなかった。
帰りの廊下で、マリアさんに会った。
彼女は、わたしの顔を見て、人気のない窓辺へ誘った。
「呼び戻されるのかと思っていました」
「お断りしました」
彼女は、ほっとした顔をした。
それから、声を下げる。
「わたし、お披露目の時に、魔獣用の術具を祝福する仕事をしました。納品の一覧があったんです」
帳面の管理をしているのは、別の書記だという。
騎兵隊から正式に照会すれば、出せるはずだ。
勝手に持ち出さないように、と彼女は自分で付け足した。
わたしは頷き、教えてくれたことへ礼を言った。
「治癒もできないのに、と言われると、今でも少し、怖くなるんです」
つい、口に出た。
マリアさんは、わたしの袖へ触れた。
「わたし、昨日、フチの話をニナさんから聞きました。わたしなら、傷を治して、同じ環を戻していたかもしれません」
彼女が、赤い花の徽章を見た。
「また痛くなる前に、聞ける人がいてよかったです」
帰り道、エリオットさんが橋の所で待っていた。
呼び出しを、ニナさんから聞いたらしい。
「困ったことはあったか」
わたしは、少し迷ってから、全部話した。
誘われた仕事のこと。家へ恥をかかせると言われたこと。
自分で、断ったこと。
彼は、最後まで、途中で言葉を挟まなかった。
「私は、君にここで続けてもらえたら嬉しい」
川の下流で、船の旗が動いていた。
彼は、わたしの方を見た。
「だが、戻ると決めたなら、その理由も聞くつもりだった」
わたしは、橋の欄干から手を離した。
彼が代わりに副司祭へ怒鳴り込んだら、楽だったかもしれない。
でも、話を聞いてもらえた今の方が、足がちゃんと地面についていた。
「帰ります。お店へ」
エリオットさんが頷き、隣へ歩き出す。
橋の途中で、わたしの鞄を指した。
「重いか」
「今日は、軽いです」
わたしは、そのまま持って歩いた。




