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第6話 魔獣も、嘘をつきます

オルが店へ来た。

屋根よりも高い顔が、窓に近づく。

魚屋のおばさんが、道の向こうで、持っていた桶を落としかけた。


『今日は、飛ぶ用ではない』

「お客様ですか?」

『空いている石を借りる』


庭には、彼が顎を置くための平らな石がある。

散歩のついでに寄ってもらえるよう、門を広げたばかりだった。


「どうぞ」


わたしは魔力を少し流した。

オルの声へ意識を向ける。彼は石へ顎を置き、わたしの机を見た。


『いい匂いだ』


机の上には、香蜜を使った焼菓子がある。

魔獣のためのおやつとして、ニナさんに材料を確かめてもらった物だ。

わたし用にも、一枚残してあった。


「一枚だけです。今日は、騎獣舎でもらっていませんか?」

『まだだ』


大きな口が、菓子をそっと摘まんだ。

指ごと噛まれるかと思い、わたしは手を引く。


『小さい』

「大きい口に合わせると、お店が菓子だけになります」


オルが、ふん、と鼻を鳴らした。

その直後、エリオットさんが庭へ来た。

手には、空の菓子袋があった。


「ここにいたか。世話係が、置いていた三枚を探している」


わたしは竜を見た。

オルは、目を閉じていた。


「まだ、食べていないと言いましたよね」

『何の話だ』


彼の声は、さっきと同じように、はっきり聞こえる。

〈通詞〉は、嘘に印を付けてくれない。


菓子袋の角に、白い鱗の粉がある。

竜の鼻の横には、焼いた欠片がくっついていた。


わたしは、指でそこを示した。


『風が運んだ』

「風が三枚、口へ運んだのですか」

『親切な風だった』


後ろで、音がした。

エリオットさんが、笑っていた。

声を抑えようとして、できていない。


わたしも、とうとう笑った。


「わたしのお菓子は、次に会う時までお預けです」

『もう食べたから、遅いぞ』

「その次の分をです」


金の目が、開いた。

彼は、今度は、ちゃんと反省した顔になった。


オルが庭で眠り始めると、わたしは技能を止めた。

長く使うと、声を探すのも難しくなる。

エリオットさんを店へ招き、お茶を淹れた。


「声がわかる人が来たら、全部が解けるように思っていた」


彼が、カップを持って言う。

わたしは、棚から自分の一枚を取り出した。


「人間だって、喋れるのに、嘘をつきますから」

「そうだな」

「それに、魔獣も覚え違いをします。聞こえたことを、何でも証拠にしたら、わたしが嘘つきになります」


彼は窓の外を見た。

オルの尾の先だけが、夢の中で動いている。


「それでも、彼が言うことを、もっと聞きたい」


わたしは頷いた。


「次は、どうして菓子袋を開けたのか、聞きましょう」

「それは、もうわかる気がする」


彼の指が、わたしの皿へ近づいた。

菓子を取るかと思ったが、皿の端のひびを示しただけだった。


「このまま使うと、指を切る」


気づいていなかった。

店を借りた時、棚から見つけた皿だった。


「替えます」


新しい皿を出すと、彼は自分のカップも空にした。

立ち上がる前に、少しだけ迷う顔をする。


「来週、祭りの準備が始まる。通りは、混む」

「お店にも、案内を出しておきます」

「仕事の話ではなく……」


彼は言い直そうとして、庭の方を見た。

オルが、眠ったまま大きなくしゃみをした。

窓が、細かく震える。


わたしは、カップを押さえた。

エリオットさんは、笑って首を振った。


「また、来る」


戸が閉まってから、わたしは、椅子を一つ片づけずに置いた。

次もお茶を飲むだろうかと思った。

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